□Readiness
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「きれいですね」

「そーだな」


都内にある、丘の上の公園。
見渡せる景色が綺麗だと、今日の最後に桜乃が平古場を連れてきた場所だ。

竜崎桜乃は平古場凛の恋人で、東京に住んでいる少女。
平古場は東京からは遠く離れた、沖縄に住んでいる。
最近、長期休みを利用して桜乃に会うために東京に来ていた平古場だが、今日の夜の便で沖縄に戻ってしまうのだ。


「今日も、すごく楽しかったです。平古場さん」

「ああ。…わんも、楽しかったさぁ」


今日の終わりの言葉を交わす二人。
今日が終わってしまったら、また遠くに離れてしばらく会えなくなる。
ふと、平古場が口を開いた。


「なぁ…」

「はい?」


桜乃は景色から目を離して平古場を見る。
平古場は桜乃を見ないで、空を仰いだ。


「やーは、くぬままでいいぬかよ。くぬまま、わんと付き合ってて」

「え…」

「滅多に会えねーし、淋しい思いだっていっぱい…させてるぬに」

「…、平古場さん…」

「辛いなら…やめたっていいんばぁよ?わんや覚悟して…」

「っ!!……バカ!!!」


平古場は桜乃の大きな声に言葉を止めて、視線を桜乃に移した。
桜乃は瞳に涙をいっぱい溜めて、怒った顔をして平古場を見ていた。


「そんな言い方…っ、ずるいです…!!私と別れたいならはっきりそう言ってください!!」

「…なっ!? わんや…」

「…やめたいなんて思ったことないのに!…私は…、平古場さんが好きなのに〜…、ちょっとしか会えなくても、平古場さんがいいのに……!!」

「…っ! ご、ごめん!」


ぐすんぐすんと泣き始めてしまった桜乃を、平古場は慌てて抱き締める。


「うっ…うっ…ふぇ…、」

「ごめん。ごめんな…、悪かったって…、桜乃…」

「ひ、平古場さん…は、私のこと…、もう好きじゃないですか…? 滅多に会えない私じゃ、もうだめですか…?」

「だめじゃない…、だめなわけねーらん…桜乃がいい。桜乃が好きだ…」

「……」


平古場は言いながら桜乃の背中をさすっていると、桜乃は少し落ち着いたようで、涙も止まっていた。
そして自分も腕を伸ばして、平古場にぎゅっと抱きついた。


「ごめんな。わんが弱気になるなんて、らしくねえな…。情けねえところを見せちまったさぁ」

「……」


桜乃は声には出さないで、平古場のうでの中でふるふると首を横に振った。

滅多に会ってやれないのに、側にいてやれないのに、桜乃を恋人として縛っていることが平古場は苦しかった。
楽しい時間なんて、淋しい時間に比べたらほんの一瞬で。

自分も同じなのに、何かに縛られるのは苦手なはずなのに。
ただ桜乃のことを想って、苦しかったのだ。

…だけど。


「もう、言わないから」

「はい。言わないでください…、私は絶対、やめたいなんて思わないから…。そんな覚悟なんて、しちゃ嫌です」

「そうだな。わんに必要なぬは、別ぬ覚悟かもしれねーな」

「別の…?」


桜乃は顔を上げて平古場の顔を見る。
平古場は優しく微笑んで、桜乃の頭を撫でた。


「桜乃を幸せにする覚悟」

「…!」

「滅多に会えなくても、桜乃にとって一番ぬ幸せをあげられるような男になるさぁ」

「平古場さん…」


微笑んだ平古場に、桜乃もとびきりの笑顔を返した。
涙のあとの笑顔は、とても輝いて平古場の瞳に映る。
平古場は不意に桜乃の頬に触れた。


「…、キスしていーか?」

「えっ!! えっと、えっと、い、…っ!!」


桜乃が答える前に、平古場は桜乃の唇をふさいでしまった。
桜乃はびっくりして、硬直する。
数秒間経って、解放された桜乃は真っ赤な顔でキッと平古場を睨んだ。


「…ひ、平古場さん!まだ、いいって言ってないですよっ!」

「なんさあ、嫌だったぬかよ?」

「そ、そんなことは…、でも!それじゃ聞いた意味ないじゃないですかっ」

「ははっ」


声に出して平古場が笑うと、桜乃は1度、もう、とふくれたがやがて同じように笑いだした。

今日が終われば、また離れてしまう二人。
そんな今日の最後を、二人で笑い合って過ごせるならば、二人にとって最高なことだろう。

(もう、苦しくない)

桜乃を恋人として縛ることを、もう苦しいと思わない。
自分へ向けてくれている気持ちを、心から感じられたから。

(だから、わんは…)

もっともっと大きな気持ちを返していこう。
君が、不安にならないように。
ずっと笑顔でいられるように。

眩しいくらいの桜乃の笑顔を見つめながら、平古場はそんな決意を胸に秘めていた…。



【Readiness】

(思い出のひとつひとつに、君の笑顔が残るように)



end

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