6
□Innocent boy
1ページ/3ページ
※幸村は中1、桜乃は中2という設定です。
「あれぇ…ボールどこにいっちゃったんだろう」
4月半ばの日曜日の午後。竜崎桜乃は行きつけのテニスコートでテニスの自主練習をしていた。
桜乃は青春学園に通う中学二年生で、女子テニス部に所属している。
去年の4月にテニスを始めから今月でちょうど1年になるのだが、桜乃は平均より運動神経が良くないほうなので、上達は多少スローペースだった。
現に今も、ボールを打ち損じてしまって道のわきまで転がっていってしまった。
桜乃はそのボールを探しているのだが、なかなか見つからない。
しゃがみこんでボールを探していた桜乃だが、急に視界が暗くなったので上を見上げると1人の少年が桜乃を見下ろしていた。
「桜乃ちゃん。」
「あっ、精市くん!こんにちは」
「ふふ、こんにちは。ねえ、もしかしてこれを探していたの?」
「あっ!それ!」
少年は桜乃が探していたテニスボールを手に持っていた。
桜乃は慌てて立ち上がって、少年と向き合う。
桜乃と同じくらいの背丈のこの少年は、幸村精市という名で桜乃より1歳年下の中学一年生だ。桜乃とは違って、立海大付属中に通っている。
幸村が持っていたボールをはい、と桜乃に渡すと、桜乃は笑顔で幸村にお礼を言った。
「なんだか懐かしいね!」
「え?」
「精市くんと初めて会ったときもボール拾ってもらったでしょう?」
「ああ…そうだったね」
桜乃が幸村に初めて出会ったのは半年前。
今日のようにこのコートで自主練習をしていた桜乃の打ち損じたボールを、偶然コートに来ていた幸村が拾った。
『ねえお姉さん、俺とテニスしない?』
拾ったボールを渡したながら幸村は桜乃にそう言ったのだ。
桜乃は当然驚いたが、幸村の天使のような笑顔に断ることもできずその誘いを受けて…圧倒的な強さを見せられ見事に惨敗してしまった。
その後、『俺がテニスを教えてあげる』と幸村は何度も桜乃が練習しているこのコートに訪れ、二人は親しくなっていった。
「もう半年も経つんだね。精市くんも中学生になって…立海のジャージ、すごく似合ってるよ」
「そうかな?」
「うん、とっても!きっと精市くんなら、強豪立海でもすぐにレギュラーに…」
「ああ、ちょうどこのあいだ、レギュラーに選ばれたんだ」
「えっ!?もう!?」
今はまだ4月の半ばだ。幸村が立海のテニス部に入部してから半月も経っていないはず。
あまりに早すぎる昇格に桜乃は声をあげて驚いた。
「す、すごい…さすが精市くん」
「そんなことないよ」
「そんなことあるよ!あの立海でこんなに早くレギュラーになるなんて…」
「…あぁ、そうだ。今度、練習試合があるんだけれど、桜乃ちゃん観に来てくれないかな?」
「そうなの!?行く行く!応援したい!!どこの学校と試合するの?」
「青学」
「えっ…」
まさかの自分が通う学校の名前が出て言葉を詰まらせた桜乃に、幸村はずいっ…と迫った。
「!? せ、精市くんっ!?」
急に距離が近くなって驚いた桜乃は咄嗟に身体を離そうとしたが、いつの間にか肩をつかまれていて余計距離を詰められてしまった。
「…桜乃ちゃんは青学の生徒で、おばあちゃんが男子テニス部の顧問の先生だって言っていたよね。たまに試合も応援しにいくって」
「う、うん…」
「いつも青学の応援をしてる桜乃ちゃんが、堂々と相手チームの俺を応援できないよね?」
「そ、それは…その」
「ふふ。いいよ、無理しないでいつも通り青学を応援しても」
「で、でも」
「その代わり…」
幸村がとびきり熱っぽい瞳で桜乃の瞳をじっと見つめるので、桜乃はいつもと違う雰囲気の幸村に戸惑いつつも目が逸らせないでいた。
「ずっと俺のことを見てて。ずっと…俺のことを考えててよ。試合中ずっと…俺から目を逸らせないでいて」
「せ、精市くん…」
「ね…桜乃ちゃん」
(ひえええ…!)
じっと見つめられ逃げるにも逃げられず、顔は熱くなり心臓はドキドキと破裂しそうなくらい鳴っていて、もう桜乃は幸村の言葉に頷くしかなかった。
「ふふっ、約束だよ。桜乃ちゃん」
求めた答えを得た幸村は桜乃の肩を解放し、先程とは違う年相応の無邪気な笑顔をみせた。
その笑顔に桜乃はほっとしたが、先ほど垣間見たいつもと違う幸村が脳裏から消えなかった。
(うう…どうしよう、まだドキドキしてる…)
「コート行こう、桜乃ちゃん。今日も俺がテニス教えてあげる」
「う、うん」
桜乃は胸の鼓動の速さがもどらないまま、幸村に手を引かれコートに戻った。
チラリと桜乃の様子を見た幸村が満足そうに笑ったことを、桜乃は気づかなかった…。
【Innocent boy】
(練習試合楽しみだなあ。ね?)(そ、そうだねっ)
end
本文中のイラストはなるさんからお借りしました!
ちょっとおまけ→
(幸村視点)