□たとえ不器用な恋でも
1ページ/2ページ


何度も何度も一緒にテニスしていたあの頃。
もっと一緒にいたいと、思っても素直に言葉にはできなくて。
好きだと自覚してから、なかなか伝えることもできずにいた。

想いが通じてからは、より二人で過ごすことが多くなったけれど。
「恋人」という関係に、緊張してしまうことも多かった。

……初めて手を繋いだときも、心臓が爆発しそうなくらいドキドキして。

初めて、抱き締めたときも。

初めて、…キスをしたときも。


今でも鮮明に思い出せるくらい、心臓が高鳴っていたんだ。





「裕太さん!」



名前を呼ばれてハッとする。
見上げればいつの間に来ていたのか、ベンチに座っていた俺を桜乃が見下ろしていた。
桜乃は俺と目が合うと、お待たせしてすみません、と言ったから、俺はそんなに待ってねーよと返して立ち上がる。


「裕太さん、何か悩みとかあるんですか?」

「ん?なんで?」

「なかなか私に気づかなかったから…考えごとしてるのかなって」

「あ、ああ。悪い。ぼーっとしてただけだから心配すんな」

「そうですか?」


俺の様子を窺うように大きな瞳で見上げてくる桜乃。俺はぽん、と頭を撫でて微笑んだ。


「ちょっと…思い出してたんだ。」

「? 何をですか?」

「ここ、この公園さ、付き合ってから…よく二人で来た場所だろ?あの頃のこと、少し思い出してた」

「! 裕太さん…」


桜乃は受験生、俺も大学生1年目で、最近はなかなかゆっくり会うことができなかったから、久しぶりにこの公園で待ち合わせして、のんびりと過ごそうという約束だった。
この公園は付き合い始めの頃、よく二人で会った場所で。
中学生だった俺たちの、いろいろな思い出が詰まった場所だから。


「あれから、5年も経つんだよな」

「そうですね。…早いです」


あの頃は、緊張してなかなか繋げなかった手も、今なら自然に繋ぎ合える。
俺も少しは成長したのかな?


「そうだ!今日は久しぶりにお弁当作ってきてみました」

「おー!マジか、楽しみだな」

「デザートも用意してありますよ〜」

「!!! ま、マジか!楽しみだな!!」


デザートという単語につい過剰反応してしまったら、桜乃はくすくすと笑っていた。
笑うなよ、と言いながら、繋いでいないほうの手で桜乃から弁当とかが入ってるだろうバスケットを奪って歩き出す。
荷物を奪われたことに桜乃は、「お、重いからいいですよっ」と遠慮してくるけど、重いなら尚更だろ、と荷物を返さないでいると桜乃はすまなそうにしながらも「ありがとうございます…」と素直にお礼を言ってきた。

他愛ない話をしながら、ゆっくりと二人で園内を歩く。
まるであの頃に戻ったように。


(あ……)


噴水広場まで来て、俺は足を止める。
俺たちは、ここで初めて……。


ちらりと桜乃を見ると、桜乃も俺のことを見上げていた。

ドキ、と胸が高鳴る。

お互いに黙ったまま見つめ合う
この、感じ。
この雰囲気は……。


「あーー…桜乃!」

「は、はい!」

「…目、閉じろ!」


桜乃はぱちくりとまばたきをして、クスクスと笑い始めた。


「な、なんだよ」

「い、いえ…すみません、ふふ。だって、同じだったから」

「え?」

「中学生の頃……、ここで初めて…キスしたときです」

「……う」


そういえばあのときも、ぶっきらぼうに「目、閉じろ!」とか言ったんだっけな。
あの頃は雰囲気でキスするなんて高度な技はできなくて。
っていうか……五年間振り返ってみても、雰囲気でキスできたことなんて数えるほどしかない。

結局俺は、成長できてないってことか……。


「笑うなよ…」

「ふふ、ごめんなさい。だってなんだか、裕太さんだなぁって安心して」

「どーせ俺は、いつまで経ってもスマートになんてできねーよ…」

「もう、拗ねないでください。私は、そんな不器用な裕太さんを好きになったんだから」

「っ……ずるいぞ、そういうこと言うの」

「えへへ」



あの頃と変わらない、不器用な俺だけど。
桜乃が好きだって言ってくれるら……それでいいのかもしれない。



「あー、あのさ…」

「はい?」

「そろそろほんとに、目…閉じろよ」


そう言うと、桜乃はまた少し笑って、今度は素直に目を閉じた。


5年経っても、不器用な俺。
この先もやっぱり俺は、不器用なままかもしれない。

だけど、不器用なりにも俺は俺らしく。
ずっとずっと、桜乃のことを大切にするから。


「…好きだぜ、桜乃。本当に、大好きだ」


心からの気持ちを囁いてから、俺はそっと桜乃の唇に自分の唇を重ねた。



【たとえ不器用な恋でも】

(俺は俺らしく、素直な気持ちを伝えていく)


end
あとがき→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ