「本当に売春してるのぉ?」
 夕暮れの赤い帳が侵食を始めている。電灯の点いていない教室内で、控え目であってもそれは唯一の光源だった。
 逆光だった。それでも分かった。自分は酷く睨まれた。


春に償う


 「初対面の相手に名も名乗らず。お行儀が良いとは言えないかしら」
 相手はこちらをキッと見据え続けている。怒っている、と、分かっていたが笑ってしまった。
 真摯にして礼儀深く、正直。言葉から滲み出た彼女の性格は、余りにも予想通り過ぎた。
 「ふふっ、そっちこそ随分なご挨拶じゃなぁい?まぁいいわ、自己紹介くらいしておいてあげる。私の名前は、」
 すいぎんとう。
 自分の声にあどけないそれが重なって、水銀燈は思わず目を見開いて正面を見る。
 相手はどうということは無い、と言う顔で言葉を続けた。
 「有名かしら。剣道部の問題児エース」
 ………一言多い。が、まあ、知っていたのだから良しとしようか。
 「私も貴女のこと知ってるのよ。二ヶ月前の大会予選に、演奏付きで応援に来たわよねぇ、吹奏楽部」
 「それって結局、こっちの名前は知らないのかしら?」
 「そろそろ私の質問にも答えてくれない?今私が興味あるのは、貴女の名前じゃないの。で、いくらで売ってるのぉ?」
 堂々廻り。またぞろ黙って、睨まれている。
 だけど少しも外さない目線が心地良かった。問題児扱いされ、眉を潜めて向けられるそれにはうんざりだったが、彼女は良い。怒りを秘めていても、真っ直ぐに自分を見る。
 「さっきのこと、誰から聞いたのか知らないけど。実際にしている訳じゃないかしら」
 「なぁんだ。ねぇ、じゃあ今からでも、売春する予定無ぁい?」
 「一生無いかしらー!」
 「えぇー……つまんないカンジィ……」
 「本当にいきなり何なのかしら!?失礼すぎるかしら!!」
 「だってぇ、せっかく買おうと思ってたのに」
 「……ふぇ?」
 「貴女の事、水銀燈に、頂戴?」



 今日の放課後、部活に行くべく教室を出た水銀燈は、あるクラスの前を通り過ぎた。
 と、そこから耳をつんざくような怒号が聞こえて、思わず廊下の窓から室内を覗き見る。殆んどのクラスが解散している中、まだホームルームをしている教室。その真ん前、教壇に、彼女が立っていた。
 嫌疑は単純な盗難事件だった。体育の時間が終わり教室に戻った時、クラスメイト数人の金が盗まれていた。犯行が可能なのは忘れ物を取りに行った、壇上の彼女だけだった、ということだ。
 バッカみたい、と、水銀燈は思う。全学年しらみ潰しに探せば、盗める者などいくらでもいる。余りにも浅はかだ。
 しかしそれ故に、面白かった。きっとこれからもっと面白くなる。吊るし上げを喰らっているあの子は、どんな反応を示すだろうか。糾弾に堪えきれず、泣くだろうか。侮辱を受けた事に、怒るだろうか。無実を主張して、他の者に罪をなすりつけたりするだろうか。
 悪趣味な考えを巡らせていた水銀燈を嘲笑う様に、彼女の行動は予想範疇を軽やかに超えた。身じろぎもせず、毅然として立ち、前を見据えて、一言、言ったのだ。
 クラスメイトはそれ以上何も言えなくなり、気まずそうにホームルームを終え、そそくさと帰っていく。水銀燈はといえば、ただその場に立ち尽くし、他のクラスメイトが一人もいなくなっても、彼女を陶然と見ていた。

 ――代償も無しに不当な利益を得るくらいなら、売春するかしら。

 「そう言った貴女の事、キレイだと思ったの。ねぇ、だから、お金で代償を払ったら、水銀燈だけのものになってくれる?」
 「なっ……!!」
 「ねぇ、いくら払えば良いの?どれだけ代償を積めば貰えるの?貴女のこと、どうしても、どうしても欲しいの」
 「……あ……えっと、…う……」
 「なぁに、すぐには決められない訳?別にいいけど」
 「……」
 「じゃあ私、今日は帰るから。考えといて、」
 踵を返して一歩踏み出そうと、した。
 それが適わなかったのは、後ろから制服の裾を捕まれたからだ。
 「何よぉ」
 「……か、金糸雀!」
 「はぁ?」
 「だからっ、カナの名前は、金糸雀、かしら!」
 「へー、そぉ」
 「そ、そうかしら……あ、う…と、それと、あの……さっき言ったような、その…お付き合い、には、代償を払う方がいけなくて……だから……」
 「そうなのぉ?じゃあ、どうすれば良いの?」
 「……」
 「ちょっとぉ、それで結局何なわけ?」
 「………」
 「払わなくてもいいんでしょぉ。あ、もしかして、オッケーってこと?」
 「……………」
 「あのねぇ、こっちの質問に答えないのも、いい加減にしなさいよ。一分以内に言わないと今度こそ帰るわよ」
 「う……あ、あの……」



 ――無料でなら、考えてあげなくもないかしら。

 ぽつりと呟いた後、金糸雀は戸外へ走り去った。
 暫しの間呆然としていた水銀燈は、やがて口角を上げ、ポケットをごそごそと探る。中から盗んだ金を取り出すと、被害者の机に元通り突っ込んだ。代償も無しに不当な利益を受けてはいけない。


 捕まえたら正直に話して、謝ろうと思う。彼女に相応しくありたいからこそ明かす償いなのだけれど、彼女は許してくれるだろうか。
 後ろめたいけれども誇らしくもある最後の代償を胸に、水銀燈は金糸雀を追って廊下を走った。



f.



感謝と敬愛を込めて、Komm様へ
本作設定もこちらから拝借しました

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ヒルイチの千雪様より戴いた銀金です!!
二人の性格がよく出てて、それでいてクールな雰囲気で・・・
もううまく言えないほど素敵です。続きが気になる←ぇ
千雪様、ありがとうございました!!!


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