デスクトップカイト物語

□デスクトップカイト物語・その4
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頑張ったお陰で、なんとか定時ギリギリに全部終わった。先輩からは「いつもそんなだともっといいんだけどねー」と言われて肝が冷えたけれど、家に帰ればそんな憂いともおさらばだ。浮かれた気分で家の鍵を回し中に入り、電気をつけて着替えるのも後回しでカバンを放り投げ、とりあえずパソコンの電源を入れる。
しばらくして表示されたデスクトップに、俺は違和感を覚えた。
「……ん、あれ? カイト?」
いつも俺が電源を入れれば笑顔で俺に挨拶してくれたカイトが、どこにもいない。不思議に思ってカイトのソフトを立ち上げてみても、カイトの姿が表示されない。
出てくるのはカイトのエディター画面だけで、無機質なウィンドウに堅苦しい言葉だけが表示されている。
「カイト、おい、カイトー?」
画面に向かって呼びかけて、カイトが出てきてくれないかと思っても、やっぱりカイトは出てこない。どうしたんだ、と思っても、俺には中がどんな事情なのかさっぱり分からないので、どうすることも出来ない。
心配になって検索をかけてみても、やっぱりヒットするのはVOCALOIDのソフトだけだ。あのカイトは出てこない。
パソコンの中をとにかく探して回る。メールを受信しました、というポップアップが表示されて、もしやと思ってメールソフト立ち上げると、カイトは何故かメールの添付ファイルの中にいた。
なんでこんなところに、と思ってそのメールを開く。差出人を見て驚く。
「……なんで俺の会社のパソコンから? どういうことだ?」
添付ファイルを開くと、KAITO、という単語が組み込まれたファイルが入ってる。それをクリックすると、画面上にカイトの姿が表示された。ああ良かった。
表示されたカイトはデスクトップの中央に座り込み、俯いている。元気がない様子に心配になって、話しかけてみる。
「良かった……どうしたんだカイト。心配したじゃないか」
すると、カイトはのろのろと顔を上げて俺を見た。その目を見て、どきりとする。
なんの光も映ってないみたいな暗い目をして、カイトは俺を見ていた。今まで見たこともないような、怒ってるような泣いてるような表情で、カイトはただじっとして動かない。
「おい……どうしたんだ? カイト、元気がないみたいだけど……」
なんで添付ファイルの中にいたんだとか、そのメールの差出人が俺のパソコンだとか、色々気になることはあったけれど今はとにかくカイトのことだ。
ただならぬ様子にウィルスにでも感染したのかと心配になる。カーソルを動かしてカイトの頭を撫でると、カイトはようやくぴくりと動いて、マスター、と言ってくれた。
「ああ、ただいまカイト。大丈夫か? 元気だったか?」
少しでも反応を返してくれないかと必死になっていると、カイトの口が微かに動いているのに気づいた。
カイトの姿は画面の高さの半分より少し大きいくらいで、決して大きくはない。だからよく見ないと気づかないが、カイトは何かを話している。何を言っているのかとスピーカーに耳を近づけると、カイトはただひたすらにマスター、という言葉を繰り返していた。
「か、カイト?」
これはおかしい、とスピーカーから離れてカイトを見ると、カイトは立ち上がってこちらに向かって歩いてきた。どういう空間なのか俺には理解できないけれど、俺に近づいてきているのはカイトの姿が徐々に大きくなっていくので分かった。
その間にもカイトはただひたすらにマスター、マスター、と繰り返していて、俺はカイトがどうなってしまったのかと混乱した。
「マスター」
画面に全身がようやく映るくらいまで近づいて、カイトは俺に話しかけるようにマスター、と呼んだ。
「な、なんだ?」
情けなくも少し裏返り気味の声で返すと、カイトは首をコテンと傾げた。
「今日の人、誰ですか?」
「へ?」
なんのことだ? と本気で分からなかったので問い返すと、カイトはビク、と震えて俺を凝視した。
その時、何故か部屋のエアコンが勝手に作動し始めてびびった。振り返って確認すると、エアコンは俺の設定と異なりいきなり冷風を強く吹き付けてきた。
「さ、さむっ。なんなんだ?」
エアコンをつけるような季節じゃない。つけるとしたら暖房だ。冷え切った室内が更に冷えていくのに我慢ならず、リモコンを取って電源を切る。が、エアコンは停止しない。
なんで!? と思っていると、パソコンからカイトのいつもとは全然違う低い声が聞こえてきた。
「ねえ、マスター。教えてください。今日の女の人、誰ですか? 僕の知らない人ですよね。僕、知りたいです。あの人がマスターのどういう人なのか教えてください、ねえ、マスター。ねえ、ねえ」
「カイト……?」
なんだ、なんなんだ。カイトの様子がおかしい。そう思っている間にもエアコンのせいでどんどん室内の気温が低下していき、もとから冷たかった体が更に冷えていく。
「教えてくれないんですか? ひどいです。僕には秘密にしてるんですね。あの人には笑顔なのに僕には笑ってくれないんですね。ひどいですマスター。ひどいです。ひどいマスターなんて凍えて死んでしまえばいいんですよ」
「はぁ!? か、カイト! これお前がやってるのか!?」
暴走してるエアコンを指差すと、カイトは薄っすらと笑みを浮かべて頷いた。それにすごい衝撃を受けて固まる。
エアコンの風はどんどん強くなっていき、本体をガタガタと揺らすまでになっている。室内の気温もありえないくらいまで下がり、歯の根が合わずにガチガチと体が震えてくる。こんなことをカイトがやってるなんて信じられない。
「ちょ、ちょっと待て。カイト、落ち着け。誰のことだ? 俺にはさっぱり心当たりがないんだけど」
「嘘つきですね。嘘ついちゃいけないんですよ」
「嘘じゃない! なあ、本当になんのことだ? お前は何に怒ってるんだ?」
今日俺がやったことといえば、会社に行って、仕事して、弁当食って、また仕事したくらいだ。女の人と話したなんてそんなこと……あ。
「あれか……?」
一つだけ思い当たることがあった。ボソ、と思わず呟くと、エアコンの風がまた強くなる。慌てて、激怒しているカイトに勘違いだと伝える。
「違う、カイト。あれは仕事の話で、俺がやったミスで怒られてただけだ。それだけだ」
「……嘘だ」
「嘘じゃない、本当だよ」
まだ疑り深く俺を睨みつけるカイトに、あの時のことを事細かに告げる。
「……でも、すごく仲良さそうでした」
「それはあの先輩の性格でさ、あの人笑いながら怒るっていうおっかない人なんだよ。そんな顔されてみろ、こっちも苦笑いで答えるしかないだろう」
「……………だって、いつも僕に見せる笑顔じゃなかったです」
「そりゃそうだって。だってカイト相手だとついつい顔が緩んで、まあ多分情けないくらい笑顔なんだろうけど、職場では愛想笑いって言って、笑いたくなくても笑ってなきゃいけないんだよ。だから、カイトが見たことなくて当たり前なんだって」
「……………………僕に見せるのが、本当の笑顔だって言うんですか?」
「当たり前だろ。最近じゃお前の前以外でこんなに笑ったこともないんだぞ」
「……………」
必死になって誤解を解いていると、徐々にエアコンが大人しくなっていった。逆に労わるように、今度は暖房が効き始める。
徐々に冷え切った室内が暖かくなっていくのにはあ、と息と吐く。画面の中ではカイトがしゅんとしてうつむいて、ごめんなさい、と謝ってきた。
「あの、僕、思い違ってマスターに酷いこと言って……酷いことしちゃいました。ごめんなさい、ごめんなさい」
ポロポロと涙を零しながら謝るカイトはいつも通りのカイトで、それが可愛くて、それに誤解も解けたみたいでホッとする。
「いいよ、誤解させるようなことしちゃった俺も悪いし。ごめんなカイト」
よしよし、とカーソルを動かしてカイトの頭を撫でると、カイトは俺を見て首を振った。
「そんな、そんなこと……マスターは悪くないです。僕が悪いんです。僕が勝手にマスターの会社に行ったりなんかしたから……」
「……会社?」
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