@KAITOだらけのボカロ一家

□KAITOだらけのボカロ一家・その5
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KAITOだらけのボカロ一家・その5

こんにちは、または初めまして、次男カイトです。
現在、大変危機的な状況です。
「なーカイト、最近ニーソが流行ってるけどさ、俺は黒タイツも捨てがたいと思うんだよ」
心底どうでもいい、マスターのそんな言葉が発端だったと思います。
マスターは唐突にそう言うや否や、部屋の掃除をしていた僕のズボンを下げようとしてきました。
「ちょっ、な、なんですかいきなり!?」
持っていた掃除機をガシャンと取り落とし、僕は脱がされないように必死で抵抗しました。
「いやな、俺は気付いたんだよ。ニーソにガーターもいいけど、黒タイツもいいなって。ブルマもいいけどスク水もいいし、ナースもいいけどメイドもいいな、って」
「何ですかそのオンパレード。っていいからズボンを放してください!」
「嫌だ。カイトが自分で着替えるって言うなら放す」
「誰が着ますか! 掃除の邪魔しないでください!」
大岡越前のように、ズボンを引っ張り合う僕とマスター。端から見たら混乱すること必至な光景でしょう。この場合先に放したほうが全てにおいて負けになりますが。
「大体だな、ガーターってのはある意味原点回帰だと思うんだよ。タイツってのは元はガーターを付けて着るものだったからな。それが今じゃコスプレ扱いだ。おかしいと思わないか。文化の違いを受け入れないってのはさ」
「文化の違いを広い心で受け止めていらっしゃるのは大変結構だとは思いますが、それとこれとは話が別です! 手を放してください!」
元々僕たちVOCALOIDは、歌を歌う以外に出来ることはほぼありません。する必要がありませんから。
ですから、通常のアンドロイドと比べて筋繊維の作られ方が異なります。強度はあまりなく、筋力は生活に不自由しない程度にしか設定されていません。
つまり、普通のアンドロイドなら人間と力比べして負けることはまずありませんが、VOCALOIDはむしろ人間より弱いのです。
ここまで言ったら分かりますよね。
「ふっ……この俺の萌えたぎるパワーに勝てると思うなよ。てやっ」
「え、わ、たっあ!?」
ズボンを脱がされないように必死だった僕は、マスターの足払いに反応出来ず、倒れました。フローリングに激突したので頭が痛いです。
酷いですマスター。アンドロイド虐待で訴えますよ!?
と、ダメージで動けない僕にこれ幸いとズボンを脱がすマスター。ちょ、アンタ労りとかそういうのもないんですか! 情け容赦無用ですね!
「はっははー。いい格好だなカイト!」
「こ、この変態!」
「その通りだが何か!?」
「開き直らんでください!」
ズボンだけ脱がされた間抜けな格好にされた僕は、これから黒タイツを履かされるのかと思うと泣きたくなりました。あんまりです、そんなの。
「ごめんなカイト」
謝るくらいなら最初からしないてください。
「嫌そうな顔されるとスッゴい燃えてくる」
「こ……この鬼畜マスター!!」
なんですかそれ!! 今さらながら何故この人のVOCALOIDなのかと自分の運命を呪います。作る歌は凄く素敵なのに……神様は才能を与える人をダーツか何かで決めているとしか思えません。
「しかしあれだな……トランクスにタイツは流石に萎えるな。よし」
マスターがまた変態な言葉を吐いたかと思うと、ポケットをゴソゴソと漁って何かを取り出しました。
「ちょ…………」
絶句しました。
今まで変態だ変態だと思ってはいましたが、マスターは僕の想像を超える変態、キング・オブ・変態だったみたいです。
なんでポケットから女性物の下着が出てくるんですか!? いつも持ち歩いてるんですか!? 何のために!? ああこんなときのためにですよね!! 馬鹿!
白いレースが眩しいパンツと黒いタイツを両手に持ってにじり寄ってくるマスターが、最早人とは思えません。変態っていう生物です、どこからどう見ても。
「さてカイト。今からお前に選択肢をやる。自分で着替えるか、俺に着替えさせてもらうか、どっちがいい?」
どっちも限りなく嫌です。
「つかぬことを聞きますが、着替えないっていう選択肢は……」
「ない」
一縷の望みをかけてはみたものの、現実は無情です。
即答したマスターはそれはそれは素晴らしい笑顔で、その両手に持ったものがなく、更にこんな状況でなければ女性はイチコロなんじゃないでしょうか。
本当、色んな意味で残念なマスターだとつくづく思います。
「ほらどっちだ? 答えないなら強制的に2番を選んだと解釈するが」
「って言いつつ脱がそうとしないでください!」
今のこの状況も嫌だし、そんなものを履かなければいけないのも嫌だし、何よりこんな変態がマスターというのがもうぶっちぎって嫌です。もう世を儚みたい。
さめざめと顔を覆って泣きたいのを我慢して、僕は心底嫌な命令にそれでも従わなければなりません。
こんな変態が、マスターというだけで。
……いっそ楽になりたい。
「マスター……VOCALOIDの自殺が年々増えてるって知ってます?」
「ああ、色々種類が増えて用済みになるのが耐えられないってんだろ? 安心しろ、俺は一生お前ら一筋だから」
駄目だ話がかみ合わない。
「そうじゃなくてですね、こうやって無体な仕打ちをされるのが我慢できなくなるからですよ」
「ほう。それは興味深いな。でもなカイト。俺はお前らを手放す気は一切ないからな」
「う……」
じっと見つめられて、マスターが言葉にしない思いまで伝わってきそうで怖いです。
分かってますよ。マスターがどれだけ僕たちを愛しているかくらい。じゃないと他人に無関心すぎて非道なマスターが、ここまで積極的に何かをするはずがないんですから。
……その結果がパンツとタイツなのが非常にいただけませんが。
「例えお前が自分で自分の首を折ったってな、俺は絶対お前を直すぞ。データが壊れたって全て修復してやる。無理ならまた1から教え込んでやる。俺の許可なく俺の前から消えるのは絶対に許さないからな。お前は俺のVOCALOIDだ。分かったか」
「うう……」
……泣きたい。
変態じゃなかったら、カッコいいと思えたかもしれないのに。
なんでこんな残念の塊のような人が僕のマスターなんでしょう。


「どーしたの兄さん、元気出してー」
「カイト……」
落ち込んでいるのが分かったのか、三男カイトが僕に声をかけてきました。
……ああ、あのマスターの相手をした後だから、余計に心が洗われます。先だってののメイドさん云々はナイアガラの滝の水流と一緒に流しました。音速で。
いいんですよ、三男カイトにそう言ってもらえるだけで、また頑張ろうと思えます。
「なんでもないよ。大丈夫だから」
「うーん? そうなの? ならいいんだけど」
よいしょ、と洗濯物を畳む僕の傍に寝転んで、三男カイトが歌を歌ってくれました。いつもと同じ、心がほっこり暖かくなる歌です。
……この歌を作ったの、確かマスターですよね。
ため息をついた僕に、また三男カイトが気遣うように僕を見ましたが、僕はなんでもない、と首を振りました。
あの人の二面性についていける人間がいないからこそ、僕たちはマスターに愛されているのかもしれない。っていうか絶対そうだ。
せめてもう少しくらい優しさがあれば、残念な部分も減ると思うんですけどね。本当に残念なマスターです。


End.

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