@KAITOだらけのボカロ一家

□KAITOだらけのボカロ一家・その8
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KAITOだらけのボカロ一家・その8

こんにちは、長男カイトです。
昨日マスターの友人が家にお邪魔しに来たので、マスターがとっても不機嫌です。今もバカイトを苛めて鬱憤を晴らしています。
「なーカイト、夜の女王のアリアと魔王とモルダウ、どれがいい?」
「えぇ!?な、なんですかそのラインナップ。その、オレにはどれも無理だと思います…」
「諦めるな!戦う前から諦めてどうする!苦手な分野に敢えて突き進んでこそ、真の勇者ってもんだろ!」
勇者も何も、八つ当たりでそこまで言える人って本当に凄いと思います。全く褒められたものではありませんが。
俺はマスターが挙げた三つのどれも歌えますが(アリアは音域的にカイト向けですが)、バカイトにはとてもではありませんが無理な曲ばかりですね。そもそもクラシックを聴くと三秒で寝るバカイトです。根本的に向いていないというか、それらが歌えないようにマスターがバカイトを調教したものですから、バカイトはどうやっても真面目な曲を歌えないようになっているんです。だから馬鹿に拍車がかかってるんでしょうけど。
それを敢えて、調教した本人が強要するという。凄いですねぇ、本当、尊敬はしたくないけれど真似出来ないなぁ、とは思います。というかしたくありません。
「ま、マスターがそう言うなら歌います!でも歌えなくても、その、怒らないでくださいね…?」
いつも俺には到底無理な音域、速さの歌を歌い上げる、ある意味万能なバカイトの声です。本気で歌おうと思えば、そう、死ぬ気で歌おうと思えば歌えるはずです。
よくあるじゃないですか、「バカイトの本気」って。あれですよ。
「ああ、なるべく怒らないようにはする努力はする。よしレッスンルームへゴー!」
「あ!あの、今とんでもなく消極的なこと言いませんでした!?」
「気のせいだ!」
「そ、そうですよね!」
本気を引き出すまで、どれだけしごかれるんでしょうねぇ…
まあ、俺には関係の無い話です。
強く言い切ったマスターを全面的に信頼したバカイトの悲鳴が、完全防音のはずの練習場から聞こえてくるのは、俺が予想したより3分ほど遅かったです。
ちょっとは耐えたみたいですね。

ヨレヨレになったバカイトが、つやつやしたマスターと一緒に練習場から出てきたのは、俺が確認した限りでは冒頭から4時間程経った頃でした。
立っているのもやっと、というバカイトを見たカイトが、バカイトに負けず劣らずの悲鳴をあげました。その手から本日の晩御飯である銀鱈のムニエルを乗せた皿が落ちそうになったので、危うく支えます。カイトはそれにも気付かず、皿を俺に押し付けると、ヨレヨレのバカイトに駆け寄りました。
「だ、大丈夫!?何があったの!?」
「に、兄さん…オレ、アリア歌えるようになった…よ」
パタリ。効果音をつけるならそんな感じで、バカイトはその場に倒れました。本当にVOCALOIDの扱いが荒い人ですね、マスターは。しかもスッキリ☆と顔中に書いてあります。とんでもない極悪人ですよ、まったく。
「いやー、カイトもやればできるなぁ。こんな短時間でアリアが歌えるなんて思わなかったな!」
「あ、ああ、アンタどれだけ無茶させたんですか!?ちょっと兄さん、アイスノン持ってきて!冷却が間に合ってない!」
ああ、やはりオーバーヒートしてたみたいですね。しょうがないのでカイトに言われたとおり、ありったけのアイスノンを持ってきます。ソファにバカイトを寝かせたカイトにそれを渡すと、カイトは心配すぎて顔を真っ青にしながらバカイトを冷やすようにメインCPUを積んだ頭や冷却水の足りない手足にアイスノンをあてていきます。
「もう!いくらイライラしてたからって、カイトにあたらないでください!カイトは何もしてないじゃないですか!」
応急処置を終えたカイトは、マスターを振り返って詰るように言いました。当のマスターはしれっとしていて、どこ吹く風、という感じです。
「だって、お前に相手してもらおうと思ったらいねぇんだもん。で、目の前通りかかったのがカイトだったからそりゃ手も出ちゃうわぁ」
「どこの犯罪者理論ですか!とにかく、カイトにこんな無茶させるくらいなら僕にあたってくださいよ!じゃないと心配で頭がおかしくなりそうです!」
おお、素晴らしき自己犠牲の心。カイトがマスターをじっと見て、マスターもカイトをじっと見ます。
マスターはそうして、ポン、と手を打ちました。
「ああ、つまり「僕を苛めてくださいマスター!」ってこと?」
そう言うや否や、マスターはカイトを横抱きに抱き上げました。
「うわっ!ちょ、そうですけど意味合いが違います!僕にだってできるならあたらないでください!」
「遠慮すんなよ。やっば、カイトにそう言われるともうなんか色々大変」
「は、離してくださいっ!この変態っ!馬鹿!」
ギャアギャアと暴れてうるさい二人ですが、しかし俺にもカイトの言い分はそんな風に聞こえました。自己犠牲、つまりドMってことですよね。素晴らしいですねぇ、自己犠牲。なんて綺麗な言葉でしょう。真相はともかく。
「カイトにそう言われたら頑張るしかないなぁ。なぁカイトー、手伝ってくれね?」
いきなり話を振られて、俺もカイトも驚きました。カイトはマスターの言葉に真っ青になって言葉を失っています。
なんだその顔、俺が乗ると思ってんのか。馬鹿だな。
「生憎ですが、俺はバカイトの面倒を見た方がいいでしょう。まだ熱が高いですから、アイスノンを取り替えないといけません」
そう言うと、あからさまにカイトがほっとしているのが見えた。つーか、俺を変態マスターと一緒にすんな。俺はアイスと歌にしか能動的な興味はないんだよ。
俺の言葉にマスターはそれもそうか、とあっさり頷き、カイトを抱いたまま自室に向かっていきました。
「って、ちょっと!僕は了承した覚えはないんですけど!?」
「安心しろ、嫌よ嫌よも好きのうちってな。このツンデレめ」
「アンタにデレた覚えは一切ありません!離して下さい!」
いやぁ、俺はお前がデレたとこ結構見たことあるなぁ。無自覚か、卑怯だな。
マスターも俺と同じ事を思ったらしく、心外そうな顔をしています。けれど、それはすぐにありえないほど輝いた笑顔になりました。
「可愛いなぁ、お前。冗談だったけど本当にツンデレかー。かーわいー」
「ちょ、気持ち悪いこと言わないでください!兄さん助けてー!」
「いやぁ、邪魔しちゃ悪いしなー。楽しんでくれば?」
「ちょっとぉお!!」
じたばたと暴れるカイトを押さえつけ、マスターは無理やりカイトを連れて行くと自室の扉を閉めました。そしてすぐに聞こえてくる二人の攻防。篭絡されるまで、保って5分ってところですかね。
そして、部屋を出てくるまでは45分くらい。もっとかかりますかね。
俺はそうやって計算して結果を弾き出すと、とりあえずバカイトのアイスノンを冷やしたてのものと代えて、ご飯にすることにしました。
腹が空いたのにいちいち待ってなんかいられませんよ。ですよねぇ?
カイトが真心込めて作ったムニエルは、いつもと変わらず極上の味がしました。食べ終わる頃にヨレヨレになったカイトが出てきて、バカイトの傍までフラフラとやってくると、アイスノンの海に埋まっているバカイトの隣に倒れました。
更にツヤツヤしているマスターと、重症のVOCALOIDが二体。
事情を知っている俺でさえ、混沌としているなぁ、と思わずにはいられませんでした。


End.

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