毛利さんちのボカロ一家

□毛利さんちのボカロ一家・その1
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目の前のでけー箱を見て、俺は何度目かのため息を吐き出した。
ああ……とうとう買っちまった。後悔の念で一杯だ。サイフの中身どころか、預金まで引っ張り出してきちまった。まあ大半は原因である悪友に支払わせたけど。それでもキツいもんはキツいんだよ。
たけー買い物だよなホント。金額もそうだしさ、買った後の色々を考えると今から頭が痛い。
箱を上から横から、ひっくり返して下から斜めから眺めるミクとメイコは、既に頭が痛い原因になっている奴らだ。
「毛ちゃーん、早く開けてよー」
「早くしなさいよこのトーヘンボク」
「……あーはいはい。ちいと待ってろ」
分厚い説明書を眺める俺の横で、2体のVOCALOIDは使えないなぁ、使えないわねぇ、とため息をつきあっていた。
うるせ。俺は今な、第三のお前らを作り出さないよう必死なんだよ。

VOCALOIDっつー、歌を歌うアンドロイドを買った。歌を歌う以外には何も出来ない、アンドロイドの中でも特に安値で売られてるアンドロイドを普及させることが目的のようなこの存在は、当初の俺の予想を遥かに上回るスペックを持っていた。色んな意味で。
歌を歌うだけねー、あ、女いるんだー、へー、あ、可愛いー、あ、コイツ安いなー、コイツ買ってみっかー、いらなかったら捨てたらいいしー。
的な、今思うとホント最低な程に軽いノリで俺はミクを購入した。勿論愛玩用に。買った理由は一番安かったから。最低だと? 何とでも言え。過去の俺の過ちなんざ、今の俺の現状を清算すれば釣りがくるほどちっぽけだ。
ミクのやつを買って初日で、俺はミクを返品するか真剣に悩んだ。
まず、ミクは俺の予想を上回ってロリだった。そうだったコイツ設定年齢16とかだよな。こんなんに手出したら犯罪だぞオイ。つるぺたなんかには興味ねーんだよ俺は。
んで次に、かなり我がままだった。第一声がハジメマシテ、でもコンニチハ、でもなく、「ネギちょーだいっ!」だったからな。ネギなんかねーよ男の一人暮らしに、と言うと、ソッコーで拗ねられた。なんなんだコイツは。
で、だ。コレが一番重要なトコ。テストに出るからマーカーで線でも引いといてくれ。
俺は歌を歌わせたくてミクを購入したわけじゃなかった。まああからさまに言うとアレなんだが、ぶっちゃけそっちの意味で使いたくて購入した。その夢はミクが予想以上につるぺたロリだった時点でかなり失墜してるんだが、俺の夢はそれを上回る勢いで粉々の細切れに粉砕された。
「ハァ!? ミクのことそんな目で見てたのぉ!? マスターってばサイテーっ!! ミクは歌わせてくんないならマスターの言うことなんて絶対聞かない!! バーカ!! 死んじゃえっ! ヘンタイっ!」
…………この罵詈雑言の羅列だけでも俺のささやかな罪は帳消しになるんじゃなかろうか。
いやな? そりゃまあ俺だってVOCALOIDが意思を持ってるって知ってたから、無理やりコトに及ぼうなんて思っちゃいなかったよ? まあマスター権限を利用して云々とかちょっと考えたけど、無理強いしようなんてそんな。
だというのにミクは俺の言い分を丸々無視して、俺にネギを買ってくるように言いつけ尻を蹴って部屋を追い出しパシらせ、そして買ってきたネギをぶんぶんと振り回し、俺の目の前で仁王立ちしてこう言った。
「歌わせてくれるよね? 歌わせないとかないよねホント。だってマスター、ミクはVOCALOIDだもん。VOCALOIDは歌を歌うアンドロイドなんだもん。歌わせてくれないんなら、ミク、今からご近所さんにウチのマスターは歌を歌わせないでやらしいことばっかり命令するヘンタイだって言いふらしてくるから。そんなの嫌デショ? だったら這い蹲ってないで早くパソコンの前に座ってよ。ほら! 早く!」
…………………恐かったよう。うう。
勿論俺はそんな不名誉な風評が流布されるなんて真っ平ゴメンだったので、ネギで尻を叩かれながらミクを歌わせることと相成った。
それはもう、世のミクマスターがミクに対して無理を強いるくらいの強引さで。いや世のミクが全部ウチのみたいなのかそれとも嘘みたいにおしとやかだったり可愛かったりするのかは知らんけどさ。
というわけで俺の第一の夢は呆気なく崩されてしまったわけだ。
そして何故今に至るまでミクが返品されていないのかと言うと、返品とかしたらご近所さんに(ryなことをミクに言われたせいもあるが、まあ一番は情が移ったからだろうな。1日目2日目はまだいつか返品してやるとか思っていたように思うが、今となってはミクがいない生活の方が考えられん。ぶっちゃけDTMというものも一人暮らしで暇を持て余す独身男には嵌ってたし。やればやるほど嵌る性格だったんだよ元々。
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