毛利さんちのボカロ一家

□徒然ログ
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メイドと俺

家に帰って玄関を開けて、どれだけもう一度閉めてやろうかと思った。
閉めなかったのは俺の精一杯の忍耐と良心の賜物だな。まあ、でも、うん。
一つだけ聞いてもいいか。何があった。
「お、お帰りなさいませ、ご主人さま……」
声震えてるし、顔も引きつってる。体も震えてるんだろう、揺れるフリルが無駄に哀愁を誘う。
もう一度だけ聞く。何があった。
そのメイド服どっから持ってきたんだとか、なんでそれをお前が着てるんだとか、なんで玄関で出待ちしてるんだとか、ご主人さまだとか。
ツッコミどころは沢山あったけれども、顔がこの上なく真っ赤な上に薄っすらと涙まで溜まっていたので、堪えた。
うん、分かってるぞ。俺はお前がそれを望んで着たわけじゃないのは分かってる。
分かってるからそれ以上コッチ見ないでくれないか……! なんか妙な気分になってくるから……!
いや、うん。俺はね、断じてソッチの趣味はないつもりだ。つもりだけれども、なんか妙な気分になってくるんだから困ったもんだ。
なんでだろうな。不思議だな。
アレだな。妙に似合ってるのが悪い。うん。
線が細いとは思ってたけどこうして見ると腰もほっせぇし、肩も俺と比べるのもアレだがほっせぇし。
……アレ、俺何言ってんだ。ぬあああ。違う。断じて違う。確かに可愛いと思ったり頭撫でたりすることもある。けどそれはアレだ、親心だ。うん、そのはずだ。
だからこのカイトのメイド姿を見て、何か妙に滾ってくるのは断じて気のせいの筈だ!
けどなんか気になって、チラチラとカイトの姿を盗み見てしまう。
……ちゃんと絶対領域もあるとか。これ着せたの誰だ。アキか。ミクか。メイコか。俺が絶対領域が好きと知ってのことか。すっげぇ複雑なんですけど。
いつも通り俺のカバンとコートを受け取って、俺の後ろをついて来る。うん、いつも通り。
けどメイド。いつも通りがいつも通りじゃない。
ちょっと可愛いなあ、とか、思ったり……
……………。
ぬあああ。正気に戻れ俺ー!
「ご……ご、主人さま、」
スーツを脱ぐ俺の横で、カイトが上目遣いに俺を見てくる。めっちゃ緊張してるし。めっちゃ恥ずかしそうだし。
それがすげぇ可愛いなあ、とか。
「あの、ご、ご飯にしますか? お風呂にしますか? ……そ、それとも、……え、え、……えと」
そんな口ごもるくらいなら無理して言わなくていいから。それと新婚さん混じってるから。っていうか本当もう、どうにかしてくれマジで。主にカイトの格好と俺の頭を。
今普通にお前って言いそうになったじゃねぇか畜生。
「わ、わ、……わ、たしに、しますか?」
「……………」
「……………」
「……………あー!!」
「ひぇっ!?」
いきなり大声を出した俺に、カイトの肩がビクッと震える。
すまん、とりあえず落ち着きたかったんだ。うん。
「……カイト」
「は、はい」
「飯食って、風呂入る」
「あ……はいっ」
コクコク、と頷くカイトに、うん、これで良かったんだよな、と安心する。
ホッとしたような、いつもの笑顔でご飯の用意をしてくれるカイトを見てると、もう格好なんて気にならない。いつものカイトだ。
それにご飯もいつも通り美味い。どうですか? と言葉でなくキラキラとした目で聞いてくるカイトに、美味いと素直に言ってやる。カイトの顔が輝いて、嬉しそうだ。それも普通に可愛いと思う。
カイトは本当にいつも通りだったんだ。ちょっと格好がアレだから恥ずかしがってただけで。俺がどうかしてただけだ。うん、良かった良かった。
「……その後にお兄ちゃんとかさ」
そうだよな、何血迷ってたんだか。どうせ何かの罰ゲームだったんだろう、うん、きっとそうだ。
「……ご飯の代わりにカイトを頂くとか」
いやー、本当道踏み外しそうになったわ。うんうん、俺の忍耐力グッジョブ。
「ダメかぁ。毛ちゃんってば意外とヘタレだね」
「そうねぇ。勇気がないのねぇ」
ダイニングのドアの隙間から、なんか見えてるし聞こえてくるけど気のせいだよな、うん。

調子に乗って「それ似合ってるぞ」と言ったら、カイトの顔がまた真っ赤になって、でもなんか嬉しそうだったのも気のせいだよな、うん。
……気のせいだよな?
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