毛利さんちのボカロ一家

□徒然ログ
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ただいま、カイト

はー、今日もお疲れ、俺。よく残業三時間を生き延びた。頑張ったー。
ああ肩がバッキバキだわ。しかももうこんな時間か。11時て。流石に皆寝てんだろうなー。静かにせんとな。
玄関を静かに閉めて、靴を脱ぐ。愛しい我が家だー。飯食って風呂入って寝るかー。うんそうしよう。本当疲れた。
口を開けばゾンビみたいなあー、だかうー、だかいう声しか出てこない。もう疲れたって口に出す気力もない、そんな感じ。けどまあいっぱしのサラリーマンな俺は明日も朝七時に家を出るわけですね、分かります。
……分かりたくねー。ダリー。
いつも出迎えてくれるカイトもやって来ない。やっぱ寝てるか。まあ、残業確定したときに連絡しといたしな、先に寝てていいぞって。だからだろうけど、ちょっと寂しいな。いや仕方ないんだけど。
「ただいまー……」
小さな声でそう言いながら、リビングのドアを開ける。そしたら、キッチンの電気がついていた。
え、まさか。テーブルを見ると、ひっくり返してある俺の茶碗とラップがかけてある夕飯、そしてその前で両腕に突っ伏すように眠っているカイトがいた。
おお……どこから見ても寝てる。そりゃ先に寝てろとは言ったけど、まさかこんな場所で寝るとは。
……いや、分かってます、はい。俺を待ってる間につい寝ちゃったんだと。いつもならとっくに寝てる時間だもんな。じんわり胸が暖かくなる。やばい。嬉しいかもしれない。
とりあえずこのまま寝かせておくわけにはいかないよな。一度起こして部屋に戻ってもらうか。そんな体勢で寝てたら体が痛くなりそうだし。
カイトの肩を軽く叩く。
「カイト、起きろ。ただいま」
声を掛けながらそうしていると、カイトはもぞもぞと身動ぎした。ゆっくり起き上がると、すごく眠そうな顔で俺を見た。うわ、マジですごく眠そう。カイトのこんな気の抜けた顔、初めて見るな。
「ます、たぁ……?」
「うん、ただいま」
「んー……?」
ぼー、としていたかと思ったら、いきなりへにゃ、と笑われて、おい大丈夫かと思った。まだ寝ぼけてんのか?
「ますたぁ」
「うぉ?」
あー……絶対寝ぼけてるな。確信した。
だってお前、カイトが抱きついてくるとかないだろう。背中まで腕を伸ばして、すがり付くように抱き締められる。大丈夫か、おい。
「カイト? おい、起きろって」
「ますたぁ……」
おいこら、寝るな。起きろ。この体勢で寝られたら、俺はどうしたらいいんだ。部屋に連れてけばいいのか。
あーもう、仕方ねーな。待っててくれたお礼くらいしてやるよ。
腰の辺りに抱きついたカイトの腕をほどいて、脇の下に手を入れて抱き上げる。こうやってみると結構重い。けど見た目からするとやっぱりかなり軽い。
若干肩に担ぐみたいな感じで、カイトの体を持ち上げると、カイトはうふうふ笑いながら首に抱き着いてきた。こりゃ完璧にオチてんな。意識が。
「まーすたぁ……」
「はいはい、なんですかなー」
「おかえりなさい……」
「……ん、ただいま」
寝ぼけてても、きちんとそう言ってくれる。不意打ちに嬉しいことをされて、無駄に顔がニヤけた。おっと危ない。
カイトの部屋は流石にミクたちと一緒じゃダメだろう、ということで、一人部屋になっている。といってもカイトが遠慮しまくったので、寝るためだけのような狭い部屋なんだけどな。
置いてある家具も必要最低限のベッドとタンスくらいで、他には何も無い。少し寂しいなあ、と思って、壁紙とカーテンだけはカイトの好きな青い綺麗なやつに変えた。嬉しそうだったのをつい思い出して、また無駄にニヤニヤしてしまう。
部屋のドアを開けて、電灯のスイッチを探す。指先で探り当てて電源を入れると、急に明るくなったからか、カイトがむずがる。
「んぅ……まぶしいれす」
「ちょっと我慢な」
綺麗に整ったベッドの上掛けをはいで、カイトを静かに下ろす。上掛けをかけると、カイトはすうすうと寝息を立てて完璧に寝てしまった。
その寝顔を見ていると、なんか暖かい気持ちになってくる。あー、俺はいつから男の寝顔で癒されるように……
複雑すぎる。けどまあ、それもこれもカイトが良い子すぎるのが悪い。まさか待っててくれるとは思わなかった。それと、待っててくれたのがどんなに嬉しいかっていうのを身をもって知った。ほんと、クるな。これは。
かみさんを貰ったらこんな感じなのかなあと思う。けど、どんな子でもこんなに俺に尽くしてくれる奴はいないんじゃないだろうか。
毎日毎日、文句も言わず、忙しくてロクに歌わせることも出来てないのに、美味い飯作って、家中綺麗にして、俺の帰りを迎えてくれる。
……やっべ、俺そろそろ殴られた方がいいんじゃないかって思った。ごめんなさいすみません。こんな情けないマスターで本当申し訳ない。
せめてもうちょっと歌わせてあげたいなあ。実はカイトのソロで完成した曲は、まだない。
どれもこれも未完成のまま、カイトは何も言ってこないけど、早く歌いたいって思ってるはずだ。カイトはワガママとかおねだりとかができる性格じゃないってことくらい、俺でも分かる。
「……いつも、ありがとな」
今度の休みは、一日お前のために使うからな。
カイトの前髪をかき上げるように頭を撫でる。さらさらと髪が流れて、カイトがまた顔を緩ませた。
「……ん……ます、た……」
「ん?」
また寝言か? カイトは目は閉じたまま、俺の方に寝返りを打った。
VOCALOIDでも、夢って見るんかな。見てるんなら、カイトは多分すっごい良い夢見てるんだろうな。だってこの緩みきった顔ときたらもう。
どんな夢見てるんですかねー。ちょっと興味が湧いてそのまま、カイトの寝言に耳をすませてみる。
「ますたー……ぅん……」
「……………」
「んん……ますたぁ……」
……さっきから俺の名前ばっかだなオイ。本当にどんな夢見てるんだ?
「ん……ますた……」
またか? カイトは幸せそうな顔を崩さない。こう、ミクとかメイコとかは呼んでやんないのか。
カイトの口から別の言葉が出てこないもんかと、自分でもよく分からない期待をしていると、期待通りマスター以外の言葉が出てきた。
「だいすきです」
「なぬ」
思わず声が出てしまった。結構大きく響いた気がして焦ったけど、カイトは起きない。
しかもカイトはさっきよりもいくらか顔を赤くしているように見える。
「すきです……ますた」
カイトはうふふ、と笑って、すうすうと眠っている。俺は……えーと、俺はどうしたらいいんかな?
カイトの好きが、なんか、その、マスターに対する好きじゃなかった、ような。気が。
……………ん? んん?
なんか混乱して上手く頭が回らん。気のせいか? 気のせいなのか? だったらい……いや、よく分からん。
そこで俺は唐突に、カイトから聞いたことを思い出してしまった。
すごく好きな人がいます。きっと叶わないと思います。マスターもよく知ってる人です。言えません、誰なのかは。
それと、カイトの泣き顔も。
マジか。そういうことなのか。
え、マジで?
カイトの寝顔を眺めつつ、俺は嬉しいのとよくわかんないのとでいっぱいいっぱいになった。
と、とりあえずご飯を食べようかな。うん。
電気を消して部屋を出て、一人で遅すぎる夕飯をとる。めっちゃ美味しいのに、なんかあんまり味がしない。なんでかなんて考えるまでもない。
食べ終わって食器を片付けて、軽くシャワーを浴びてから自分の部屋に帰る。
倒れるみたいにベッドに寝転がって、顔を両手で覆う。
ああああ。
眠れん。明日遅刻したらカイトのせいだ。ぬあああ。
一番困るのは、好きだと言われて嫌だとも気持ち悪いとも思わなかったんだ。嘘だろオイ。
俺どうしたらいいんだ。
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