@KAITOだらけのボカロ一家

□KAITOだらけのボカロ一家・その1
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まず、マスターは僕たちにそれぞれ曲のデータを送信しました。もう入力も終わっているらしく、歌おうと思えばいつでも歌えます。実に用意周到だと思います。
「じゃ、カイト。お前からな」
そう言って、まず長男カイトが指名されました。渋い顔をしつつデータを確認しようとした長男カイトですが、マスターが即座に止めにかかかりました。
「あ!ちょい待ち。今からルールを説明する」
「ルール?」
キタコレ。嬉しいニュースに使うべき言葉らしい(三男カイト談)けれど、今の状況でも使って問題ないと思います。
ただ歌を歌うだけなのに、なんでルールが必要なんですか。なんのルールですか、それは。
「これからお前たちに、一曲歌ってもらうわけなんだが……そうだな、一回失敗する毎にこれ一口な」
「はぇ!?」
そう言ってマスターが冷蔵庫から取り出したのは、凶悪な赤いパッケージのカップアイス。毒々しい黒い文字で、『帝王ハバネロ』と書いてあります。
「な、なんですかそれ!? 昨日までそんなの無かったのに……」
「ふはは! お前たちがスリープしてる間に、こっそり買ってこっそり入れといた!」
「どこでそんなもん見つけてくるんですか!」
「食べませんよ! そんなもの!」
「ハバネロってなんですか?」
「ふふ……まあ聞け。お前たち、これが食べたくないだろ?」
「当たり前です!」
「ならさっき説明しただろ?間違えるごとに一口。だから間違えなかったらいいんだよ」
ニヤニヤ。言葉にするとそんな感じの笑顔を浮かべて、マスターは言います。
「で、でも! 一回で完璧になんて無理ですよ! どんな曲なのかも分からないし!」
「そうです。それに、マスターがそう言うってことは相当難しい曲ですね。絶対に一回は間違えるってことなんでしょ?」
険しい顔の僕と長男カイトの非難にも、マスターは何処吹く風です。逆に僕たちを見つめて、こう言ってきました。
「お前たち、自分が誰だか分かってるのか? VOCALOIDだぞ。しかも、俺が調教した完璧なVOCALOIDだ。これくらい、完璧に歌って貰わないと困る」
「う…………」
「そう……ですね……」
そう言われては反論も出来ません。
マスターは人柄はともかくとして、音楽の才能はずば抜けています。そんな人の元にインストールされた僕たちは、歌いたいように歌うことができて、幸せなVOCALOIDでしょう。その点について、僕たちは恵まれていると思います。
「安心しろ、俺が調教してきたVOCALOIDだ。一回もミスらずに歌うことなんて簡単だろ」
にっこり。
そこまで言われては歌うしかありません。長男カイトと共に、とても嫌な予感を抱きつつ、僕たちは曲を確認しました。
そして、長男カイトが歌いだしました。
「……ほっぺたぷにぷにつるぺたつるぺたアイツは所謂BLわーるど! ってなんですかこれはー!!」
イヤホンから流れてきた曲と共に、長男カイトが低い声で歌い始めました。けど、すぐにキレました。
「なんですか、って……失礼だな、作詞者に謝れよ」
「それはすいませんが! これなんの曲なんですか!」
「はっはっは、もとは『初音ミクの暴走』というとっても電波チックな曲だ。いいから歌い直せよ。今の間違いに入れるぞ?」
「うっ……! この……変態マスター!!」
「なんとでも言え! 俺はお前らにこの歌を歌わせたいんだよ!」
「開き直らんでください!」
ったく、とブツブツ呟き、また歌が始まります。電波チックというか、ものすごくアップテンポで可愛らしいメロディラインとは裏腹に、歌詞がカオスすぎるのですが。
……なんですかこれ。世の中のミクマスターはミクにこんな歌を歌わせてるんですか。お兄さんは許しませんよこんなの!
「偽善者ぶってる仮面をはいだらガちむひまっともたべなはひ!! ……ああー!! くそ!」
そんなこんなしてるうちに、初っ端から長男カイトが噛みまくっています。僕より早口が苦手なんですよ。仕方ありません。
というかマスター、絶対こうなるって分かってましたよね?
「はい三回アウトー。続き」
「まイス嫌いとか言ってる奴ひは○○からアイスをぶっこむぞぉ! シスコンアホのきょうたって踊れるVOCALOIDは好きですか!」
い、今! ○○の合間から聞こえました! 本当に何なんですかこの曲!ありえません! 品が無いです!
結局その後、二分に満たない短い曲を歌い終えるまでに、長男カイトは37回間違えました。ちなみに長男カイトの名誉のために言っておきますが、長男カイトは僕より遥かにリテイクが少ないんです。普段は。
ええ、ただ、早口がとっても苦手というだけで。
真っ白に燃え尽きた長男カイトが、とても可哀想です。
「く、くそ……すごく屈辱ですマスター」
「いいねー、予想以上だよカイト! ってことでもう全部食え!」
「うわぁぁあ! やっぱりそう来るんですか! 馬鹿じゃないですか! この鬼畜! ドS!」
「鬼畜はお前だろ! あばばばばテストマイクテスト☆って言ってたじゃないか!」
「アンタ笑顔動画の見すぎですよ! 俺はそんなの歌ってない!」
「いいから食え!」
カップアイスを丸ごと渡されて、長男カイトがアイスの断食を命じられたときよりも冷や汗をかいています。無理もありません。
ぱか、と震える指で蓋が開かれた途端、ありえない匂いが部屋の中に漂いました。
「う!? ちょ、これアイスじゃない! これアイスの匂いじゃい!」
「は、鼻が……!」
あうー、と泣き出した三男カイトを慰めたいけれど、僕自身この匂いに死にそうです。ありえない。本当にありえない。
「大げさだなお前らー。ちょっと辛そうなだけじゃないか」
「ちょっと!? アンタ絶対嗅覚おかしいですよ!」
「いいから食え」
「こんなの食べ物ですらないです! 産業廃棄物です! 食えません!」
「なんだ、最初の約束すら守れないのか? 約束破っちゃいけないって言っただろ?」
「予想の斜め上行ってたんですよ!」
ギャアギャア言い合う二人でしたが、とうとう痺れを切らしてマスターがカップアイスを長男カイトの手からもぎ取りました。
「いいから……」
「え……」
「食え!」
「がふっ!」
べちゃぁ!と溶けかけたアイスが長男カイトの顔面に押し付けられました。
長男カイトはとんでもない悲鳴を上げ、倒れました。そして右手を天高く突き出した後、ぱたりと動かなくなりました。
「ちょ、兄さん!? 兄さん!!」
揺さぶっても長男カイトは動きません。その顔は「俺…帰ったらハーゲンダッツのカシスオレンジをマスターに買ってもらうんだ…」と言っているようでした。
「ま、マスター! 兄さんがー!!」
「……………」
マスターは一瞬黙った後、
「巨星落つ…か」
と言いました。
「北斗の拳ですか!!」
「マスターのきちくー!!」
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