@KAITOだらけのボカロ一家

□KAITOだらけのボカロ一家・その7
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4人分を新しく作るのと、注文が一気に増えたせいで、少し遅い昼食になってしまいました。
それぞれの前にまったく盛り付けが違ううどんを置いて、皆でいただきます。
「あー…相変わらずうめぇなぁ!おいアキ、このパッチどこで拾ったんだよ。俺のにもセットしたいわ」
「ん、じゃあ金払えよ。これ俺の自作だから」
「なぬっ!?マジで!…ちなみにいくら?」
「10万。ビタ一まけねぇ」
キツネうどんをすすりつつ、しれっとしてそう言うマスター。毛利さんは金額に少し仰け反っています。
「ちょ、お前それはあんまりキツクねぇか」
「別に俺はいいし。お前の飯が美味かろうが不味かろうが知らん」
まだ拗ねているマスターは、ご機嫌斜めどころでないと思います。それに、マスターは元々他人に対して当たりが激しい人ですので。
「ちっ、しょうがねぇ。じゃあ毎日食いに来るわ、マジうめぇもん、カイトの料理」
「ありがとうございます」
「は!?冗談じゃねぇ、何でお前らを家にあげねぇといけねぇんだよ」
買うことを諦めた毛利さんが、そう言って僕に笑いかけてきたのでとりあえずお礼を言っておきます。
それに嬉しくないのがマスターです。引きこもりで他人大嫌いなマスターは、毛利さんの言葉にしっし、と手で払う仕草までしています。
「大体だな、お前はちゃんとVOCALOIDの使い方分かってんのかよ。お前のVOCALOIDの歌、聴いたことないんだけど」
マスターの言葉に、そういえば、と僕も思います。毛利さんのメイコやミクやカイトの歌を、僕たちは聴いたことがありません。
ミクに大量のネギを投入されて涙目になっていた三男カイトも、そういえば、とミクに向けて首を傾げています。
「ミクの歌聴いたことないなー。オレ、ミクたちの歌聴きたいな」
VOCALOIDは歌を歌うことを至上の喜びとするものですが、他のVOCALOIDや歌手の歌を聴くことも大好きです。自分の歌を昇華させるものが見つかるかもしれないし、歌に込められた個人の思いを知るのは大切なことだと思いますし。
三男カイトにそう言われたミクは、笑顔で頷いてくれました。
「いいよ!ミクの歌、ちゃんと聴いててね!」
「わー!」
今から歌ってくれるつもりなのでしょうか。ミクは勢いよく立ち上がり、インカムに手を当てています。
「おう、歌ってやれミク。俺の調整の力を見せてやれ」
「はーい!」
元気よく返事をして、ミクはすう、と息を吸うと歌い始めました。
それは、恋愛を愛する少女の心を描いた、愛らしくも気恥ずかしさの残るラブソングでした。穏やかなお昼下がりが、ミクの歌声で鮮やかな色をつけていくようです。
電子の歌姫と呼ばれる通り、ミクの声はどこか人の声とは違う響きがあります。明瞭で鈴が鳴るような可愛らしい声は、それだけでも十分綺麗で、初心者の方でも歌わせることができる仕様になっています。
けれど、毛利さんの調整したミクは、そんな電脳的な歌姫の印象を払拭していました。本物の人間のようなミクの声、というのは、調整しなくても十分歌える初音ミクではあまり聞くことが出来ません。電子の歌姫というイメージを崩したくない方もいらっしゃるようなので、尚更です。
僕もあまり聴いたことの無い生きた人間のような声は、耳が肥えたVOCALOIDでも本物の人間と勘違いしてしまいそうでした。
歌い終えて、ミクが小さくお辞儀します。僕と三男カイトは、いつの間にか拍手していました。
「えへへっ!ミク、ちゃんと歌えてた?」
「すっごいよミク!すごく可愛かった!今まで聴かなかったのがもったいないよ!」
「本当!?」
興奮してわたわたしている三男カイトに苦笑するけれど、僕もまったく同感でした。なんで今まで聴かなかったのかな、と思います。これからはこれでもかというほど聴かせてもらいたいですね。
「うん、ミクの歌、とても綺麗だったよ。また聴かせてもらいたいな」
「わーい!毛ちゃん!ミク、褒められたー!」
「良かったなー、ミク」
ミクが毛利さんに近寄って、褒めてと全身で訴えています。まるで懐いた子猫のようで、可愛らしくて思わず笑みが漏れました。
毛利さんはそんなミクの頭を良い子良い子と撫でてあげていました。ミクはとても嬉しそうです。可愛いですねぇ、なんだか三男カイトに通じる可愛さです。
「カイトは?どんな歌歌うの?」
それまで黙っていた毛利さんのカイトに尋ねると、カイトは少し目を瞬かせて、それから控えめな口調で、
「…童謡とか、バラードが得意です。あまり激しい歌はちょっと…」
そう言って、照れたような微笑みを見せてくれました。
やはり同じKAITOだからなのか、カイトの言っていることは僕や長男カイトの特徴とも似ている気がします。長男カイトは特に顕著で、ラップなんてもってのほか、という感じですが。
と、なんだかとんでもない熱視線を感じた気がして、その元を辿ると、マスターがこっちを蕩けるような眼差しで凝視していました。うわぁ、なんなんですかアンタ。
「あー…クールツンなKAITOに主婦ロイドなKAITO、あとは天然ドジっ子なKAITOってきたけど…今度は清楚で乙女なKAITOが欲しいなぁ」
マスター、これ以上KAITOばっかり増やしてどうする気ですか…ミクやメイコにリンレンは要らないって言ってたし。女子供が嫌いっていうなら、がくっぽいどはどうなんでしょう。僕、たまにはKAITO以外とも歌ってみたいです。長男カイトや三男カイトと一緒に歌うのも好きですが、まったく違う声とも歌ってみたいです。
「なぁー、毛利ー。お前のカイトの歌も聴かせてくれよー」
「あ?飯食うの忙しいから、後な」
「お前の飯なんかどうでもいいんだよ。んなことよりKAITOに決まってんだろうが」
「俺のKAITOだからな。俺の許可なしに歌ってもらえると思うなよー」
「くっそ」
舌打ちして、マスターは良いことを思いついた、という感じで顔を輝かせました。古典的表現で言うなら、頭の上の電球が点いた、ですね。ピンポーンって感じで。
「じゃあさっきのパッチ、歌聴かせてくれたらやるよ」
「うっそマジで!?…っていうかお前、本当KAITO好きだよな。10万いいのかよ」
「俺の中でKAITOの歌声は10万どころの価値じゃないからな!」
「うわー。そこまでいくといっそ清清しいわ、お前」
ええ、本当に同感ですよ。…でも、以前から金儲けには使いたくない、と言ってくれていた僕たちを、そこまで言ってくれるマスターは好きですよ、ええ。本当にKAITOを好きだと思ってくれているんだな、と思いますから。
毛利さんはそう言われ、カイトに歌を歌うように命じました。カイトは少し戸惑って、困ったように毛利さんを見ています。
「あの…マスター、いいんですか?」
「まあまだ調整不十分なとこはあるけど、歌えるはずだ。頑張れ、カイト」
「…はい」
それでも躊躇っていたカイトでしたが、意を決したのか、胸に手を当てて、目を閉じました。
カイトの歌は、ミクの声とはまったく雰囲気の違う、落ち着いた、優しい声でした。
カイト自身が言った通り、しっとりとしたバラードで、大人の男性の片思いを描いた歌のようでした。聴いているこちらの心までつまされるような、切ない歌です。なんだか、涙が出てきそうです。
歌っているカイトは目を閉じて、曲と完全に同調しているようです。カイト自身の思いをそのまま綴っているようで、悲しい気持ちになってきました。
「…あっ」
歌っている途中で、カイトがいきなり顔をしかめました。音程がずれてしまったようです。カイトは伺うように毛利さんを見て、毛利さんはそれに頷いていました。カイトは悲しそうな顔で、歌うのを止めました。
「はい、おしまい。こっからはまだ無理なんだよ」
「なんだと!?きっさまぁ、KAITOよりもミクを優先したっていうのか!ありえねぇ!」
「うるせぇKAITOオタク!しょうがねぇだろ、一番最初に買ったのがミクだったんだから!」
「おいコラ、てめぇとは一回話つけなきゃなんねぇようだな」
ギャイギャイ言い争う二人に、メイコがうるさい!と一喝しています。そういえば、彼女の歌も聴いたことがないので聴いてみたいです。
歌を中断してしまったカイトは、肩を落としています。上手く歌えなかったのが残念なんでしょう。
「カイト、元気出して。大丈夫だよ、すごくいい歌だったから」
「…ありがとうございます。もっと調整して、歌えるようになってからまた聴いてもらいたいです」
「うん、是非聞かせて欲しいな。カイトもミクも、すごい綺麗だから今まで聴かなかったのが残念だよ」
「あらー、私のは聴いてくれないの?」
「あ!メイコのも聴きたいよ、勿論」
「そう?じゃあ歌ってあげる」
そう言うと、メイコは毛利さんの許可も得ずに、とんでもないパワーボイスを披露してくれました。ミクのように幼い子供のような元気さではなく、困難を自分の力で乗り越えてきた強い女性の声です。圧倒されて最早言葉も出ません。
「どーぉ?」
「…御見それしました」
「んふふ」
歌い終わって、メイコが口を閉じると、なんだか台風が通り過ぎたような衝撃で全身固まっていました。感動した、というより、圧倒された、というのが一番相応しいですね。メイコらしいというか、なんというか。本来ミクよりも優しい歌声を持つ彼女ですが、毛利さんのメイコは言い方はアレですがイメージ通りという感じですね。良くも悪くも。でも、素晴らしい歌声なのには変わりないのですが。
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