毛利さんちのボカロ一家

□徒然ログ
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俺シャツと俺

食後の晩酌をメイコとやっていると、リビングのドアからカイトが顔だけ覗かせた。髪が濡れてるから、多分風呂上がりなんだろう。
「すみません、マスター」
「おー?」
「パジャマを全部洗濯してしまいまして……マスターのを借りてもいいですか?」
「ああ、いいぞー」
なんだそんなことか。別にそれくらい、許可取らなくても構わないんだけどな。
そう言うと、カイトはすみません、と言って引っ込んだ。ああ、服着てないからこっち来れなかったのか。
「いいの、そんな簡単に言っちゃって」
「ん? なにが?」
「別に」
コップを傾けていたメイコが、目を細めてため息をついた。なんだよ、気になるな。なんか問題でもあるのか?
分からなくて聞いても、メイコは教えてくれない。ただビールを缶からコップについでは飲んでいく。なんなんだ? 仕方なく、俺もつまみの枝豆を食べる。
けどやっぱ気になって、なんかあんの? って聞いてみると、メイコはすぐに分かるわと言って肩を竦めた。
俺はまた首を傾げるしかなかったわけだが、確かにメイコの言うとおり、すぐに分かった。
「すみません、ありがとうございます」
そう言いながらリビングに入ってきたカイトの格好を見て、ビールを噴いてしまうのだけは堪えた。そんなことしたら向かいにいるメイコに被害が。その後の俺に鉄拳制裁が待ってる。たがら必死で堪えた。代わりにむせた。
なんでかというとカイトの奴、何故か上だけしか着ていなくて、下を履いてなかったんだ。
白い足が裾からスラッと伸びてるのがなんとも……じゃなくて。
「げほっ、ちょっ、お、おまっ」
「ま、マスター!? 大丈夫ですか!?」
大丈夫じゃない。主にお前のせいで大丈夫じゃない。
俺の向かいで、メイコがため息をついた。ちょっとメイコさん、分かってたなら教えてくれてもよくないですかちょっと。心の準備くらい必要だったんではないかと思うわけなんだが、いかがなもんだろうか。
カイトが慌てて俺に駆け寄り、背中をさすってくれたが、俯いた視界一杯に生足が見えて俺は机に突っ伏した。だ、ダメージが。回復不能なダメージがぁぁ。
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
俺の隣でカイトがオロオロしているのが手に取るように分かったが、すまん、今はそれどころじゃない。
「か、カイト君……」
「はい?」
「なんで」
「?」
「なんで下を履いてないのかな君は……」
言うと、カイトは慌てたように顔を赤くして、足を隠すように両手でパジャマの裾を伸ばした。恥じらうな。変に似合ってるのが怖いから恥じらわないでくれ頼むから。
「ええと……すみません、これには理由が……」
もにょもにょ。もっとはっきり言え、はっきり。
メイコがもじもじするカイトに代わり、呆れ混じりに答えた。
「どうせあれでしょ。マスターのサイズだと、カイトには大きすぎて着れなかったんでしょ?」
「う……そうです」
頷くカイト。言われてみれば、確かにシャツも肩が余って、首元が大分空いている。ボタンを上までちゃんと全部留めてこれだから、ズボンはもっと酷かったんだろう。
にしたって、これは酷い。理由には納得できても現状には納得できん。被告人に異議を申し立てる。
「いいからズボン履いてこい。ていうか履いてきてください頼むから」
「は、はい……」
しょぼん、と肩を落として、カイトはリビングを出ていった。
まったく、カイトはたまに天然で面白いことをするから困る。またビールをあおると、メイコが白けた顔になっているのに気付いた。今度はなんだ。
「あのねぇ……これをしたらどうなるか、っていうの、少しは考えた方がいいと思うわ」
「ああ?」
なんぞ。たかがズボン履いてこいと言っただけで、そんな大したことが起きるわけ……
「履いてきました……すみま……うわぁっ」
リビングに戻ってきたカイトは、ドアを閉めて一歩踏み出した直後、ズボンの裾を踏んづけて見事に転んだ。それはもう見事に、顔面から。びたーんって感じで。
起きたな、大したことが。なんてこったい。
思わず無言になる俺とメイコ。気付かずに痛みにうめいているカイト。
その姿から、咄嗟に視線を逸らす。しかし俺は見てしまった。膝裏まですっぽ抜けたズボンと、それに引っ張られずり落ちたパンツ、そしてパジャマの裾からチラ見する半ケツを。
「いたた……」
「カイト、パンツ脱げてるわ」
冷静すぎるほど冷静に、メイコが突っ込みを入れる。カイトはそれを聞くと、慌てて起き上がった。
「ふぇっ!? わ、わ、……ご、ごめんなさいっ!」
ズボンとパンツを引き上げ、半べそをかいて謝るカイトの声は、半分以上聞こえていなかった。何故なら俺の魂が半分抜けていたからだ。
見ちゃった……あーあ。
……………あーあ。
…………………………はあ。
「マスター……? どうかしましたか?」
「ほっときなさい、自業自得よ」
半ケツ……男の……
嬉しくねぇぇぇ……。
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