Clap log

□Clair de lune
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Clair de lune 1



――にゃおん

ゆらゆらと尻尾を揺らしながら皆本の足元に耳を擦りつける。
そうしてまたひと声、にゃあ、と鳴いておねだりをした。

「お腹が空いたのかい?分かったよ、今用意するから」

しゃがみ込んで頭を柔らかく撫でる。
ついでに耳の後ろも撫でてやると、その気持ち良さからか黒く艶やかな耳がぴくりと跳ねた。
ごろごろと喉を鳴らし、もう一度皆本の掌に頭を擦り付けて催促する。

ずっと撫でていたい程気持ち良い毛並みだが、再びおねだりされたからにはそうもいかない。
丸く大きな瞳が期待にきらきらと輝いて、じっとこちらを見ている。

「待っててくれよ、今温めるから」

微笑みながら立ち上がり、準備を始めた。
『分かった、待ってる』というように、彼はみゃお、と返事のような鳴き声を返し、ちょこんとおすわりをして行儀よく食事を待っている。

冷蔵庫から彼の為に作り置いていた食事を取り出してレンジで温めながら、つくづく不思議な猫だなあと思う。
まるで人間の言葉を理解しているようだし、それどころか皆本の心が読めるのだろうか、と思わされる出来事も一度や二度ではなかった。
猫のくせに風呂が好きなのも変だ、と思う。個体差はあるだろうが、たいていの猫は水が嫌いなはずだ。
ところが彼ときたら、毎日皆本が風呂に入る時についてきて、一緒に入浴したがる。
実に気持ちよさそうに湯舟にまで浸かるのだ。
揚げ句ドライヤーを向けてもうっとりと温風に当たる始末。
とんでもなく変わった猫だ。

名前だって本当なら「クロ」だとか「小太郎」だとか無難な名前をつけるつもりだったのに、なぜだか普通なら猫相手にはつけないような名前をつけてしまっている。

「……だけどコイツにはこの名前、って閃いたとゆーか天啓が下ったとゆーか」

こいつの眼を見てたらそう思ったんだよなあ、と一人ごちていると、レンジがチンと音をたてた。
慌てて皿を取り出しラップを開け、箸で掻き回すようにして少し冷ましてやる。
何せ相手は猫だ。猫舌、という言葉もあるくらいなのだから、あまりに熱い食事は避けてやるべきだろう。

「――こんなもんかな」

人差し指で触れて、ちょうど人肌程度まで冷まったことを確認する。
先程座りこんだ位置から動くことはなく、行儀よくこちらを見ている彼の目の前にコトリと皿を置いた。

「ほら、賢木。食事だよ」

まるで人間の姓のような名で呼ばれた黒猫は、『いただきます』とでも言うようにみゃう、とひと声鳴いて皿へと顔を寄せる。

美味しそうに眼を細めながらはぐはぐと頬張る彼の姿がかわいくて、思わず微笑む。
ふっと窓の外に視線をやると、麗らかな春の陽射しがぽかぽかと降り注いでいた。

「――僕も昼食にしようかな」

良い食べっぷりの彼を見ていると自分も空腹な気がしてきて、ぽつりと呟く。

「賢木」

呼ばれた名に彼は食事を中断して、皆本に返事をするようににゃあんと鳴いた。
猫のくせに律義な奴だ、と面白くなり、笑いながら問い掛ける。

「僕も君も食事を終えたら、一緒に昼寝でもしようか」

彼は丸い眼を更に丸くさせ一瞬戸惑った様子だったが、眼を細めて同意するようににゃおん、と鳴く。

日当たりの良いリビングのソファに寝転がり、腹に彼を乗せてゆったりと午睡を楽しむ自分を想像する。
なんだか訳もなく嬉しくなった。こんな休日の午後も悪くない、なんて思いながら鼻歌まじりで昼食の準備をする皆本を、ゆらりと尻尾を揺らした賢木が楽しそうに見つめていた。



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