consultation room

□トレモロ
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「よーっす皆本〜、メシ食いにきたぜー…って、あれ??」

ぺたぺたと足音を立てながら、勝手知ったる他人の家とばかりにリビングのドアを開ける。
右手に提げた紙袋ががさりと音を立てた。
てっきりいつもの通り皆本とチルドレンたちが迎えてくれるものだと思っていたのに、リビングではぽつんと少女が一人、雑誌を読んでいるだけだ。

「…皆本さんなら買い出しに行ったわよ。葵ちゃんと薫ちゃんも一緒にね。誰かさんが急に来る、なんて連絡してくるから、食材が心許ないんですって。」

ソファに浅く腰掛け、ちらりと賢木に視線を投げると興味なさげに再び雑誌へ目を落とす。
内心の驚きと気まずさを押し隠し、努めて明るく話し掛けた。

「あ〜、そなの?…それにしても珍しいな。何、紫穂ちゃんは留守番?」

正直紫穂とはウマが合わない…というか、苦手だ。
彼女が超度7の接触感応能力者だからとかそんな事は関係なく(何故なら自分だって超度6の接触感応能力者なのだし)、おそらく見透かされていると感じるからだろうと思う。

「一緒に行っても良かったんだけど、先生携帯取らないんだもの。鍵を開けっぱなしで出るわけにも行かないし、伝言役が必要でしょう?」

そう言えば…と携帯を取り出して確認すると、ちかちかと着信を知らせるランプが点滅していた。
きっと運転中で気付かなかったのだろう。

「あ、ホントだ。悪い悪い、多分この時運転中だったんだよ。ゴメンな紫穂ちゃん。」

皆本たちと行きたかっただろうに…と謝罪を込めて、右手に提げた手土産を渡す。
貰い物だが、美味しいと評判の店のロールケーキだ。
食にうるさい紫穂でも気に入るはずだ、と思う。

「いいのよ、別に。…先生と話したいこともあったから、ちょうど良かったわ。」

あら、手土産なんて気が利くわね。ありがとう。
へえ…一度食べてみたかったのよ、ここのケーキ。

嫌な予感に固まる賢木を全く気にした様子もなくそんなことを呟いて、紫穂は受け取った手土産をいそいそと冷蔵庫に収める。

「……このまま一生、言わないつもりなの?」

冷蔵庫の扉をぱたん、と閉めながら呟かれた問いは平坦で抑揚がなく、それなのに切なさの滲む声だった。

端から聞いても意味が解らないような問いだが、賢木と紫穂の間では充分に通じる。
――いちばん畏れていたことを聞かれた、と思った。
だから紫穂と二人きりになることだけは今まで避けてきたというのに。

ふっと息をついて、先程まで紫穂がいたソファに深く腰掛けた。

「――当然だろ?言ってどうなるもんでもないし、そういう意味であいつの傍にいていいのは俺じゃない。」

そうだ、そんなことは自分でも嫌というほどに自覚している。

「意外だわ、往生際悪く知らばっくれるかと思ったんだけど。」

はぐらかさなかった賢木が余程意外だったようで、紫穂が驚きながらも賢木の側に腰掛け、じっと視線を合わせてきた。


――この見透かすような瞳が苦手だ、と賢木は思った。
誰よりも自分の本質に近しい彼女だからこそ、上手く押し込めた気持ちも強がりも隠せない。



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