鬼閻中編「天国の出店」
50部 800円(予定)


(イメージ絵 吉沢凛香さま)

おまけ小説(パス付)

下のサンプルはその一章の出だしです。

ぴったり寄り添うだけで、他には何にも要らなくなる。
抱きしめ合うのがベストだけれども、勿論手をつなぐのだってすてき。そこまでゼイタク言わなくって、指と指とを絡め合わせた時の、しんみり沁みこんでくるみたいなのもいい。そういうのは裁きの合間合間がベターだ。時間はほんのちょっぴりでいい。でも出来るだけ、たくさんがいい。一人裁いてワンタッチなんて憧れだ。タッチの度に触り方を変えてくれたら最高だ。なめる度に味が変わるワンダーなアメちゃんみたいだから。そんなのがあればオレだって絶対に食べさしになんかしないのに。
そんなささやかな接触がいい。
でも、君はムチばっかりの辛辣鬼だから、そんなアメばっかりは望めない。だから、必死になってタイミングを狙ってみる。彼が立っている左側では絶対に頬杖をつかないのはそんな理由だ。
さて、どうやってアメちゃんをもらおう。なんだか芸を仕込まれたイルカな気分になってくる。横に立ってバインダーに挟んだ資料を捲っている彼を見やる。さてと。
「鬼男君、好きだよ」
第一球のストレートは、そうですかとツレなく返された。
けれども、縋ってじいっと彼を眺めてみる。銀色の髪が今日も言うことを聞いてくれなかったのか、自然にふわふわしていてなんだか幼い。視線がかち合ってもじっと見上げておかなくてはいけない。第二球はフォークだ。根負けするまで投げ続ける。
そうして、こんなふうに一歩こちらに寄ってきたらオレの勝ち。バッターアウト。大きな手がオレのそれをきゅうっとくるんでくれたから、本日は結構運が良い日。くらべっこするまでもなく、大きい。この子のお口はとことん素直じゃないけれど、この手はとっても正直だ。褐色、いいや、黒糖キャラメル色。ジンと伝わる温かさに口元が笑っちゃう。左右反対に亀の親子をやっているもんだからしっくりこないけれど、もぞもぞすればつながり合った。体をつなげた時に似ている。
「もうそろそろ、次の人をいれたいんですけど」
「えー、あと少し」
「じゃあ、あと二秒で。……はい」
「ひどっ、せめて十秒でしょ!」
んなもん知りませんよ、と彼はツンとそっぽを向いた。ブン、と振られた頭、銀色がふわっと軌跡を描く。背筋を伸ばしてピンと立ったらもうおねだりはきいてもらえない。オレの恋人は、私の秘書に早変わり。
「また、あとで」
小さく言った声は、さてどっちの立場からの意味だろう。扉に向き直った背中をオレは見る。
次の方、といった声は完全に秘書のそれだった。とするとどうなんだろう。内心首を捻ってみる。澄ました顔をしてみせるから、オレもそれに倣ってみる。 
さっきまで重なっていた右手を見つめてみる。彼はそちらの手では絶対ファイルを持たない。ぶっ刺すためもあるだろうけれど、オレはその理由を知っている。にやけちゃうくらい知っている。

あと何回、またあとで、が使えるんだろう。オレはそればかり考えてしまう。




つまり、生まれ変わりネタですが、今度は違うぜ!と息まいて頑張りました!



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