反転する世界

□シンドリア王国
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――――…揺れて、る?











ぼんやりと、アスナは自分が揺られていることが分かった。
どうしてだろう。
とても、温かいものにくるまれているよう思える。
ゆっくりと、水面に浮上するかのように意識を上へあげる。
アスナは、ゆっくりと目を開ける。

見覚えのない、木の天井。
かすかに流れてくる潮の香りと、揺れる感触。
耳に入ってくるのは、男たちの威勢のいい声と、風の音。








「…?」








アスナはゆっくりと起き上った。
ベッドの上で寝かされていたらしい自分の体には、真新しい包帯が巻かれていた。
何が起こったのか、と自分の中でこれまでのことを整理しようと試みるが、
その前に「おおっ!」とどこか意識が途切れる直前まで聞いていた声がアスナの耳に入ってきた。
顔を入口のほうへずらせば、やはり見覚えがある男だった。
シンドバッド、だったような気がする。








「起きたか!体調は、大丈夫か」
「……ここ、は?」








アスナが顔をキョロキョロさせる。
シンドバッドはゆっくりとアスナの寝ているベッドへ近づいていく。
「船の上だよ」
アスナは言われて、あぁとなった。
このどこか揺れている感触は船による、波か。




「あの街から少し離れた港町から、シンドリア王国に向かう船に乗ったんだ」
「……シンドリア王国って」
「あぁ、俺の国だよ。アスナ、主人がいなくなっていく当てもないだろうから、身元を引き受けることにしたんだ」
「…………」




何を言っているのか、この男は。
アスナはじっとシンドバッドを見つめた。
この男は本当に嘘がつけない男らしい。




「…奴隷だった俺を、買い受けたんだ」
「まぁ、そうなるな。と言っても、財宝の一部で買い取れたぞ」
「………バカ?」



アスナは呆れたように言った。
シンドバッドは「どうしてそうなったんだよ」とアスナの頭をなでる。

――――どうか、してる。

奴隷だったアスナを助けたところで、この男には何のメリットもない。
なのに、この男は迷宮の時から、アスナを助けるように動いた。
メリットもないのに。
ただ、ほんの偶然出会っただけだったのに。









(おかしな、人)









アスナは目を伏せて、思った。
だが、悪い気もしなかった。
これまで誰かのぬくもりを感じたことはなかった。
それは奴隷という人生上仕方のないことかもしれないが。

アスナは「もう、やめて」とシンドバッドの手から逃げる。
シンドバッドは名残惜しそうにしながらも、「そうか」と言って手を放した。
すると、ぎしっと床がなって、マスルールが入ってきた。









「シンさん、もうすぐで着くそうっス」
「わかった。さぁ、アスナ、一緒に行こう」









シンドバッドがアスナの手をつかむ。
ベッドから半ば引きずり出されるように、アスナは甲板へと連れて行かれた。

ドアから出た瞬間に、頬をなでる潮風。
アスナは目を見開いた。
美しいほどきらめく太陽の光が海に反射してまるで宝石のよう。








「あれが、俺の国…シンドリア王国だ!」








元々は、南の孤島だったという。
しかし迷宮攻略をこなしたシンドバッドが部下たちと共に開発し、建国したのがシンドリア王国。
もちろん、国王はシンドバッドだ。
人々は自然とともに生き、動物たちと共生し、国は観光と貿易で栄えている。
シンドバッドが作った夢の国は多くのものに希望を与え、訪れるものも多い。







「さて、着いたらまずお前に俺の部下たちを紹介してやろう!ジャーファルとマスルールはもう知ってるけどな」







シンドバッドはアスナの肩を抱いて、一番高い位置にある建物を指差した。「あれが王宮だ」
潮の香りに紛れて、たくさんの香りがアスナの鼻腔を通り過ぎる。
あの閉塞的な空間では、感じられなかった。
なんて、世界は広いんだろうか。
心が躍るような感覚。
初めて、「知る」この世界が初めて、輝いて見えた気がした。








「シン!つきました」
「お!そうか、いくぞ、アスナ」







シンはそういうと、アスナに背を向けて歩き出した。
光を浴びるその人が、とても美しく見えて。
アスナは目を細めた。
「行くぞ」と後ろからマスルールが肩を叩いた。
アスナは歩き出していった三人の後を追うようにゆっくりと歩き出した。












シンドリア王国は、とてもいい国だ。
シンドバッドが船から降りた瞬間に国民たちが温かく迎える。
あまりの人の多さに、アスナはびくりと体を震わせ、マスルールの後ろに隠れた。






「おかえりなさいませ、シン王」






迎えるのは、6人の男女。
胸の前で、拳と掌を合わせて、並んでいた。
シンは「あぁ、ただいま」と言い、歩き出した。
国民たちはそんなシンを見送っていく。
王宮を目指して、歩くシンの後ろをジャーファルが続き、さらにはその6人の人間がいる。
マスルールはさらにその後ろを続いて、アスナがいた。
隠れるように、マスルールの服をつかんでいた。








「………」
「怖いか」
「………うん、」








アスナは少し震えていた。
突然、今までと違う環境に置かれて慣れないことばかりなのだろう。
それでなくても、奴隷という経験から来ている人への恐怖心というものだってあるはずだ。
だからこそ、マスルールだけは集団と少し離れた場所をアスナと歩いているのだから。







「なぁ、王サマ、あれって」







褐色の皮膚に、白銀の髪の男が後ろを振り向きながら言った。
シンドバッドは「ん?」と同じように振り返ってあぁ、と苦笑した。
やはり無理だったと思いながらも、さりげない配慮をするマスルールに感謝する。







「今日から、仲間になったんだ。よかったら、声かけてやってくれ。―――今は、無理だと思うが」







男はうなづいた。
アスナは敏感に気配を察知して、自分よりもはるかに大きいマスルールの後ろに隠れてしまった。
それまでは伺い見ていたというのに。


そして、しばらく歩くととても大きな建物にあたった。
それを呆然と見上げてアスナは目を見開いた。
そのまま後ろについていくと、シンはゆったりと椅子についた。







「さて、アスナ。ここにいる俺の部下を紹介するか」







おいでおいでとシンドバッドが手招きする。
困ったようにマスルールを見つめるアスナに、マスルールは「行って来い」という。
ゆっくりととたとたとアスナはシンドバッドの近くへ行く。
シンドバッドはアスナを抱き上げて、膝の上に乗せるとまずはジャーファルを指差した。









「まずはジャーファルだ。普段は執政官で政治を担当してるけど、こう見えて特殊な暗殺術を習得してるから、今度相手してみるといいぞ」
「まぁ、ファナリスの相手が務まるか、と言われれば微妙な所ではありますが」

「次はマスルールだ。まぁ、同じファナリスだから、いろいろ助けてもらうといい。なんか、並んでると兄弟みたいだな」
「…いっそのことそれで通しちゃっていいんじゃないっスか」

「その隣はシャルルカン。剣の腕が立つんだ。アスナも剣に興味あったら言ってみるといい」
「おう!いつでも言って来い!といっても、お前は拳とかそっちで戦うって感じか」

「さらにその隣がヤムライハ、魔導師で魔法が得意だ。んー…ファナリスはどうも魔力が少ない傾向にあるからあれだが、興味を持ったら聞いてみるといいな」
「よろしくね、何かあったら声かけてね」

「んで、スパルトス、ピスティ、ヒナホホ、ドラコーンだ。
ドラコーンは今でこそ、これだけど元は人間だから」
「……最後、適当」
「まぁ、そういうな!お前が積極的にかかわっていけばちゃんとわかってくるさ」











アスナの頭をなでるシンドバッド。
その顔はとてもきれいな笑顔で。
そして、このシンドリアという国は本当に笑顔にあふれている。
ほんの少ししかまだいないけれど、それをひしひしと感じる。








「さて…紹介も済んだところで。
アスナ、お前も迷宮やらなんやらで随分と汚れてしまっているし、
ピスティ、ヤムライハ!すまないがアスナを風呂に連れてってくれないか」
「!?」








アスナは目を見開いて、固まった。
二人は「仰せのままに、王よ!」と礼をすると、アスナをシンドバッドの膝から立たせた。
どうしていいのかわからず困惑しているアスナの腕をピスティがつかむ。
「ほら行くよー!」と明るい声はその頃の娘らしくて、かわいいものだ。
ピスティに引きずられるようにして、アスナはシンドバッドの部屋から出ていくことになる。

ヤムライハがそれをやれやれと言ったように見つめて、王に一礼して去ろうとしたが、
シンドバッドが「ヤムライハ」とヤムライハを呼び止めた。














「…あの子なんだが、あぁ、ちょうどいい。お前達も聞いてくれ。
見ての通り、マスルールと同じファナリスだ。
……ついこの間まで奴隷として生きてきた。だから、少し、人を警戒するかもしれない。だが、悪い子ではないと思うから根気よく接してあげてくれ」














ヤムライハはしっかりと頷いて、二人の後を追った。



















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