End of All

□End of All T
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1.ほつれた生活














「おばちゃーんこれちょーだい」
「120ルネね。どうもありがとう」

りんごを3つ受け取り、代金を渡す。にこりと笑う恰幅のいいおばちゃんに見送られて、少年は帰路についた。
ここはユグドラシルの大国『リデル国』の、端にある小さな村『ティアス村』。すぐそばに森があり、穏やかな空気に包まれた争いのない、まるでお伽噺の中に出てくるような優しい村。村人の中には愛着をもって、『小人の村』なんて呼ぶ者もいる。
そんな村で、少年は夕陽を受けてきらきら光る金糸の短い髪を揺らしながら、村の小道を歩いていた。ときどき、元気に駆け回る幼い子供たちを避けながら、商店街を外れて小川を横切り。
さて道を曲がろうとすると、突然目の前に現れた、炎のような赤毛。を、肩で切り揃えた少女だった。

「シオン!」
「うわっ、アカネ!?」

いきなりの登場に、少年──シオンは後退った。

「今帰り?」
「あ、あぁ……」
「じゃあ、途中まで一緒に行こ」

年の割りに、幼く笑うアカネ。もとの背が低いこともあって、なおさら子供のように見える。
それでもアカネは、ちゃんと女の子なわけで。手を差し出されて、シオンは自分の手の代わりに持っているりんごを置いた。

「もう子供じゃないんだし。そういうのやめろよな」

そっぽを向いて、そのまま家への道を辿る。アカネは苦笑を浮かべ、小走りでシオンを追いかけた。
シオンとアカネは、幼馴染み。この小さなティアスの村で、更に家が隣どうしの2人は、親の仲がいいこともあり、まるで家族のように育った。
何かお祝い事があれば両方の家族みんなが集まって、ひとつのテーブルで食事をする。誰かが風邪をひけば、家族総出で看病する。そんな、持ちつ持たれつの当たり前の存在。
昔はよく手を繋いだのにな、とアカネが呟くと、シオンの耳がかすかに赤く染まった。

「どーしたの? 昔の話なのに、意識しちゃったりとか?」
「んな訳ないだろ!! 昔の話だし」

真っ赤になってムキになるシオンに、アカネはくすりと笑いを噛み締めた。ほんの少しだけ、目を伏せたまま。

やがてシオンが着いたのは、赤い屋根の小さめの家。アカネは隣の青い屋根の家に入る前、ひらりと手を振った。

「りんごありがと。また明日ね」
「………」

短い夕日色がドアに隠れる瞬間、自分で気付いた。

(オレ、アカネの分も買ってたのか……)






「ただいまー」

扉を開けると、昼の日差しであたたまった空気が鼻腔を抜ける。ほんわり暖かい部屋から「おかえり」と返す者はいない。
それもそのはず、シオンは一人で暮らしている。リビングの壁に備え付けられた小さな棚に置かれた家族写真を手に取り、碧の丸い瞳を細めた。
写真に写るのは、幼い少年と若い女性、その隣には30代の男性。10年ほど前のシオンと、両親だ。
母は長い金髪をうなじのあたりで一纏めにした、細身の人。村一番の美女と言われていたらしく、昔は求婚者が毎日家にやって来ては何か贈り物をしていたとか。
肩幅が広くがっちりした体型の父は、シオンと母の肩に手をおいて、人当たりのよい笑みを浮かべている。体格はいいが気の小さい父は、母と結婚することが決まったとき、思わず逃げ出したらしい。
どこにでも居るような、けれど世界にひとつしかないシオンの家族。それは、母の蒸発と父の3年前の他界で壊れてしまったけれど。
今も、この写真は優しいままだ。

「ただいま。父さん、母さん」
「お帰り、シオン」
「!」

突然、背後から投げ掛けられた声。誰もいないはずの部屋に、なぜ。
振り返るとそこには、銀髪の少年が佇んでいた。唐紅のコートですっぽり身を包み、長い前髪が右目を隠している。左目は、糸のように細い。
コートの襟から見え隠れする口許が、緩く弧を描いていた。

「誰だ? それに、何でオレの名前……」
「俺? 俺は、あんたの弟」
「おと…っ!?」

予想外の言葉に、シオンは瞠目した。
弟ってまさか、母さんが再婚して産んだ子供? しかし、それなら見た目がシオンの年齢とほとんど同じに見える理由がわからない。
じゃあ、父さんの隠し子? けれど父さんは優しく嘘がつけない人で、そんな隠し子なんて作れるはずがない。
狼狽えるシオンを、さも可笑しそうに見つめる、銀髪の少年。

「安心して。俺は君のお父さんやお母さんと血の繋がりはないよ。俺のポジションは、」

風が、吹く。少年の姿が掻き消えて。
一拍遅れて、シオンは首筋に違和感を感じた。

「………?」

違和感のもとに触れると、ぬるりと濡れた生温かい感触。
手を汚す、あか。

「なっ、」

何だ、これ。
しかし言葉を発することは叶わず。ヒューヒューと、息の音が漏れただけ。
気付けば、背後には先ほどの銀髪の少年が、ナイフを片手に立っていた。

「偉大なる科学者、ウォーデンの息子」

(ウォーデン? 父さんの、名前…)

「ヴィダルと言います。よろしくね、シオンくん」

首を焼かれるような痛みに薄れる意識の中、少年の言葉だけは、やけにはっきりと聞こえて。
真白に呑まれるその瞬間、コートの色がまるで血のようだと思った。
















そして世界は反転する。





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