死人に捧げる花の名は

□死人花  −5−
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 違うところで鳴り響く銃声。
その一発一発は確実に妖の急所を貫き、妖を一瞬にして消滅させる。
彼女は自分の持ち場に指定した見晴らしのいい場所から蜂蜜色のライフルを構えて、後方から忍び寄る者達を着実に黙らせていった。
 ライフルに照準機はついていない。その代わりにあるのは薄氷色のモノクル。
後方支援担当の春寝が生み出したもので、どんな場所でもその場にいるかのように標準を自動であわせてくれる優れものだ。
 翡翠の銃の腕前は確かなモノでこの程度の距離でこの明るさならばどれだけ離れていようが撃つ事が可能だ。
翡翠が狙うのはそこではなく、上空で見ている二つの影。
 スキあらば標準を合わせようとするのだが、その度に別の妖怪が結界に迫るのを見つける為に攻撃ができない。
それが狙いなのだろう。天から真っ直ぐ何かを見下ろす者達に、翡翠は憤りを感じざる終えない。

「(面倒な…いっそ一度に始末していまうか…)春寝。今はどれくらいいる」
≪一気に指定しちゃいます?≫
「やれ」
≪了解しましたぁ――…ついでにあそこにいる奴はどうします?≫
「一緒に指定しろ。他のと違って強力な奴ぶち込むから」
≪了解でーす。生体反応検索。地形データ収集。裏手から来る総数20。上のは別口っと…座標指定。ロック完了。モノクルにリンク。OKでーす≫

 20の数を全て指定して、モノクルに座標がつく。
物陰に隠れている位置も全て指定された者達は翡翠の襲撃に身動きが取れないのだろう。
だが息を潜めているつもりでもこの指定に狂いはない。
 弾を装填して狙いを定める。
全てが急所に当たるようにイメージしてから、翡翠は引き金に指をかけた。

「拡散弾。『鳳仙』」

 放たれた弾は目標に当たる直前でいくつも分離し、裏手に迫ろうとコソコソしている妖怪を全て打ち抜いた。
次の追っ手が来るまでに、翡翠はもう一発の弾丸を装填して真っ直ぐに真上にいる者達に迷いなく引き金を引いた。

「貫け。『高砂』」

 強力な黄金の閃光は真っ直ぐ敵が張る結界へと飛んでくる。
貫通ダメージを与えることができる高砂はどんな結界も破れる自信があった。
閃光は真っ直ぐ結界へ向き、結界のど真ん中にヒットした。
思わず心の中で小さくガッツポーズを取る翡翠だったが結界が壊れたとき、背後から草の蔓のようなものが翡翠を襲った。

「っ!?罠(トラップ)!?」

 結界のほうには誰もいない。中は無人。
恐らく結界を破壊すれば発動するトラップだったのだろう。
絡みついた蔓は翡翠の力ではびくともせず、身体のそこらじゅうに根のようなモノを張る。
その蔓からは翡翠の神通力を吸って、真っ赤な花が咲いた。
人はそれを『彼岸花』という。

「(この彼岸花…バカな。アイツは澪様が処分したはず…)クッ…このっ!離れろぉ!!」

 翡翠は魔法陣を発動させ、自信の電撃で植物の蔓を焼き払った。
しかし、体内に残った根が翡翠の身体に激痛を生んだ。
あまりのことに武器も手放し、その場に転がる。

「あああああああああああああああ!!!」

 叫び声をあげてどうにかなるものでもないとわかっていたのだが、この激痛は我慢できるものではなかった。
根は体内を飛び出して地面に根を張り、通力をさらに奪う。
吸収が速くなり、翡翠の目は虚空を見る。
存在がどんどん希薄になり、消えかける。

「澪…様…申し訳……ありま…せん」

 その言葉を最後に翡翠は消えて、後には緑色の石がはまった杭のようなオブジェが残った。
摩訶八将の本体であり、この世に存在する為の核となるもの。
コレが破壊されてしまえば、摩訶八将はもう二度と蘇る事はない。
 そのオブジェを拾ったのは、廻天だった。
摩訶八将の核は今の人形にただ魂をこめるよりもずっと効率的に作られている。
コレを参考にすれば、今よりもっといいものが作れるだろうと昌浩に言われたからだ。
 杭からは翡翠の僅かに残った神気が感じられる。何とも美しく、そして機能的に作られた核なのだろうと見惚れていれば、草むらから一人の女が飛び出した。

「それを返してもらおう」
「何者だ」
「十二神将が一人。勾陣。そいつにはまだリベンジもしていない。持っていかれては困る」

 筆架叉を構えた勾陣はすぐに廻天が持っているオブジェを奪い返すために動く。
相手はあまり戦闘慣れはしていないのか、勾陣の攻撃には一杯一杯で避けているようだ。
動きは素人。勾陣から逃げ続けられうはずもなく、手からオブジェを叩き落とし自分の手の中に収めた。

「クッ…」
「お前達の目的は何だ。何故こんなことを…」

 目的を問い詰めようとした時、暗闇から足音がした。
廻天を警戒しながらも、後ろを振り向けば一人の少年。
その少年の姿に、勾陣は息を呑んだ。

「慧斗。それ、渡してくれる?どうしても必要なんだ」

 否。違う。彼は千年も前に死んだ。
どうにもならない運命に沿って、自分達がいないところで一人で逝ってしまった人なのに。
目の前にいるのは瓜二つの少年。
ただ違うのは、陽だまりのような微笑ではなく漆黒の闇から浮かび上がるような妖艶さを持っていた。

「さぁ。それを俺に頂戴。慧斗」

 ゆっくりと近づきながら至宝の名を呼ぶ彼に、勾陣は固まった。
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