小さな食堂(短編)

□澪 行き倒れた天狗を見つける話
3ページ/8ページ

「あっ。思い出した」
「おかわりですか?師匠」
「あっ。頂戴」

 差し出された茶碗を受け取り、桶の中に入っているご飯を入れて、再び師匠に手渡した。
 綺麗に盛られたご飯を食べる師匠は、弟子が作ったシャケの塩焼きにしばらく夢中になってから言った。

「そうそう。あの天狗ね。昨日アタシの家までの道聞かれたから案内してきたのよ」
「はぁ…で何であんな…」

 死体もどきに…と言う言葉はグッとご飯と一緒に飲み込んだ。
機嫌がいいとはいえどんな言葉でスイッチが入るかわからない。
下手な事は絶対にいわないとというのをこの2年間で学んだ。

「あぁ―…なぁんでだったかなぁ」
「いえ。大体想像がつくのでいいです」
「あっそう」
「ココまでの道を聞いてきたということは師匠に用があったのではないのですか?」
「あぁ。うん。何か西の街からやってきてアタシにプロポーズしたいんだって」
「へぇー…師匠にプロ…っ?!」

 驚いて舌を噛むくらいの衝撃だった。
しばらく痛さに悶絶していると死体もどきは復活したのか家の中にまで入ってきた。
軽くクレーターができるくらいに地面にめり込ませたはずなのになんて回復が早いのだろう。
澪はここにまた一つ妖怪の神秘を見た。

「呉羽殿!貴方があの名高き魔女の一人!呉羽殿だったのですね!?」
「……澪。大丈夫?」
「いえ。すみません。あまりの衝撃にちょっと心が乱れました」
「あらあら。それは大変ね。ところで何が衝撃すぎてそんな事になったのかしら?」
「い、いえ。別に何も…」
「あの!私の話を聞いてくださいませんか!?さっきからずっとスルーされ続けているような……」
「ほら。ミーオ♪さっさと吐いてしまいなさいな。何が・衝撃過ぎて・舌を噛むような事に・なるのかしら?」

 この師弟は徹底的に天狗は無視の方向に話を進めたいようだ。
呉羽の美しい細い指が澪の顎にかかり、顔をあげさせるような形になる。
 見方によっては、超美人の遊女の手に誘惑される小姓に見える絵だ。
実際はそんなことはない。
師匠の目は笑っていないし、弟子はこの状況をどうしようか頭をフル回転させているのだから。

「正直に言えばまだ許してあげるわよ?」
「……あっ…その…」
「あの!私の話を聞いてくださいませんか!?」
「さぁ?澪?」
「………師匠が真面目にこんな男と付き合うのかと思ったので衝撃だっただけです」
「こ、こんな?」
「師匠との飲み比べで倒れるような田舎者ですよ。体力はありそうですが甲斐性はなさそうだし…俺はこんな男が師匠と付き合うのはちょっと嫌だなぁと…思っただけです」
「まぁ。嬉しい!そこまで言えたら合格ラインね。ちなみにどんな男ならそばにおいていいのかしら?」
「俺が師匠離れしても師匠の面倒を一生見てくれるくらいの甲斐性と忍耐力がある人なら大歓迎です」

 最後のは限りなく本音である。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ