小さな食堂(短編)

□澪 行き倒れた天狗を見つける話
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この師匠は魔法こそ一級品かそれ以上なのだが生活面では全然ダメだ。
その為、澪の家事スキルはグングン上がっていく。
澪の理想としては家事ができて、師匠のわがままにも全部対応できて、なおかつ常識をわきまえている人間が理想的だった。
 目の前の男はどこからどう見ても澪の常識メーターからは外れている男だった。

「そう。ちょっと嬉しいわ。例えそれが嘘でもね」
「いえいえ。最後のはかなり本音ですよ」
「ちょっと…あの…すみません…」
「というわけだから。アタシのことは諦めて」
「えぇ―――!散々な放置プレイの後にそれですか!?」
「だってアタシ貴方に興味ないし」
「せめて名前だけでも…」
「聞いたところでアタシにも澪にも得はない。聞くだけ無駄よ」

 再びえぇーという叫び声が聞こえる。
男は、もう相手にされないということがわかると澪に標的を映した。
男の目が明らかにヤバイものだと悟った澪は、すぐにその場から離れようとしたが男の反応の方が早かった。
 逃げようとする澪の腕を掴み手繰り寄せると、懐から脇差くらいの刀を取り出して澪の首に突きつけた。
あまりのことに澪は呼吸が止まりそうだと思った。
怒りのあまり息が荒い男は澪に聞いた。

「お前は呉羽殿のなんだ…先程から…羨ましいくらいに…親しげでは…ないか…?」
「お…俺は…」
「その子はアタシの弟子よ。勝手に手ぇ出さないでくれる?」

 澪が恐怖のあまり目を閉じる。
興奮している相手になんてことを言うのだろうと、死ぬのを覚悟した。
その間に呉羽は自分の箸と刃物を魔法で入れ替えた。
 たったそれだけの事だが魔法をよく知らない男にとってはそれだけで衝撃だったのだろう。
一瞬のスキをついて、男が気がついた時には呉羽の見事な脚が目の前に迫っていた。
 障子を突き破り外に放りだされた男は、右手を抱えて蹲る。
澪の手を握っていた方の右手を脇差で浅く切られ、手を離したスキに蹴りを入れられたのだ。

「クアッ…ッツゥ・・・」
「今度、アタシの可愛い子に無断で手ぇ出したらもっと容赦しないから。肝に銘じておくんだね」

 男の方にむかってそう吐き捨てた師匠は着物を両手で整えて踵を返す。
後ろで掴まれたてを握りながら跪いた状態の澪の前に座り、掴まれた手を見た。
真っ赤な手形が残っており、日が無い世界で真っ白になった肌にくっきりと残る不気味な痕。

「大丈夫?澪」
「大丈夫です…ありがとうございました…師匠」
「痕はここだけ?」
「……あと…左の足も…」

 師匠は無言で麻で作られた袴を少しだけ捲れば、左足の足首にも真っ赤な痕が残っていた。
 忌々しそうにその痕を見てから、師匠は痕を指で撫でる。
そうすればまるで消しゴムで消したかのように痕が消えて、跡形も無くなくなってしまった。

「修行が必要ねぇ…今のアタシくらいの動作はできるくらいにならないと」
「……精進します」
「もう傷作っちゃダメよ。アタシはアンタを気に入ってるんだから」
「はい」
「さぁてと・・・今日も一日頑張りますか。くれぐれもアノ天狗には気をつけなさいね」
「……はい」

 澪は不服そうに頷いてから、今日も始まる修行の日々に身を投じる事にした。
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