小さな食堂(短編)

□澪 行き倒れた天狗を見つける話
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 そのうちこんな事がずっと続いたので、いい加減に嫌気が差した師匠はやっと天狗の名前だけ聞くようになった。
 天狗の名は『疾風』。西の街からやってきた警備隊の隊長である。
西の街は農業が盛んな街だ。そこで盗賊や悪い考えを持つ妖怪などを追い払う役目を担っている。
 彼等以外、武芸に特化した者はおらずその街を統治している魔女はとてもおっとりしているので、あまり頼りにはならない。
 ちなみに呉羽の親友である。

「じゃあ…あの時の会合の時ね」
「はい。伝説の四大魔女、魔術師の皆さんが集まる会合で、初めてアナタを見かけて…」
「師匠。この人に何したんですか?」
「ちょっと澪。何かしたこと前提で話しないでくれる?
ちょっと桜花のうちで魔物が出たって言ったから…ウォーミングアップついでに李欧(リオウ)とゲンちゃんと一緒に派手に暴れただけよ」
「はい!とても凛々しく、立派な戦いでございました!その為に山の一つか二つはなくなってしまいましたが…」
「(何て傍迷惑な!っていうか充分に何かしてる)」

 年に四回ある会合とはこの世界で最強と呼ばれている魔女達の会合である。
ここ南の『朱雀街』北の『青龍街』東の『白虎街』西の『玄武街』といったように四つの大都市を治める魔女達がこれまでの報告と問題点などの解決を話し合う会合。
 その会合が終わった後か最中かは知らないが、他所の街で山の一つや二つ消してしまう力を持つ師匠に、心の中で浮かぶ言葉を口に出す事はできなかった。

「でもあの時は悪い事したわねぇ…農業の街だから山潰しちゃった時はやりすぎたぁと思って…李欧に急遽山を作らせて、桜花が実りを促してくれたので何とかなったと思ったけど…その後どう?」
「『豊穣』の魔女桜花殿がいるのですから問題はありません!生態系も無事元に戻りました」
「そう。よかった。あ。そうそう。澪には話してなかったわね。桜花の『豊穣』の魔法は凄いのよ」
「はぁ」
「ある意味、人間が喉から手が出るほど欲しい能力と言っても過言ではないわ」

 あらゆる生命を司る精霊に語りかける最強の精霊使いとも言われている四大魔女の一人『桜花』の豊穣は、荒れ果てた砂漠の地でも熟れた果実を実らせる事が出来る魔法。
 近年砂漠化が進む世界にあればそれはもう脅威の力となりうるだろう。

「どんな場所でも実らせる事が出来る」
「今度の会合の時はアンタも連れてってあげるから。その時、改めて紹介してあげる」
「はぁ…」
「さてと。名前くらいなら聞いてあげたし、素性も聞いた。もう帰ってくれない?」
「いえ!帰りません!貴女がいい返事をくださるまでは絶対に帰りません!!」

 面倒なと大きく舌打ちする師匠が見えた。
親友の街の心配はするけれど、目の前の男の心配は一切する気はないらしい……。

意気消沈している疾風を無視していると、少年のような声がした。

「ずびばぜーん…うぢのだいじょう…こっぢ…ぎてまぜんか…?」

 涙声で問いかけられた声に、澪は玄関で応対した。
澪より少し背が高く、大学生くらいの若い男だ。涙と鼻水で顔がグチャグチャだが、背中には黒い羽。来ている服は修験者の服だ。

「貴方は?」
「ずびばぜん。ぼく…副隊長の五十鈴(イスズ)と申します。ウチの隊長こちらに来ていませんか?」
「いるにはいますけど…どうかしましたか?大丈夫ですか?」

 すでに泣いている顔でもっと泣き出しそうになっている五十鈴の顔をハンカチで拭く。
 五十鈴は澪の優しさに触れて、切々と事の次第を話し出した。
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