死人に捧げる花の名は

□死人花  −2−
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 ズドンッ!とド派手な爆発音のような音が響き渡る外と違い、結界の中には相変わらずの優雅な音楽が流れていた。
幽霊達が踊るその中を実体を持った一人の少年が進んでいく。
目指すのは退屈そうに椅子に座る一人の少女のところだ。

「お嬢さん。退屈そうだね?」
「……お兄ちゃん。誰?どうしてココにいるの?」
「俺の名前は澪。魔女だよ」
「お兄ちゃん…男の人なのに魔女なんておかしいよ。魔法使いじゃないの?」
「男でも女でも関係ないよ。魔法を使える人はみんな魔女って呼ばれる」
「へぇ…そうなんだぁ」
「こんなところにいて退屈?」

 再び聞いた澪は、さりげなく彼女の右手についているブレスレットを見た。
キラキラ光る銀色のブレスレッドには赤い小さな光が点滅している。
発信機の類だろう。この少女をココから逃がさない為の。

「退屈…でもパパにここにいなさいって言われたの」
「ふぅん。そう」
「でも…暗いし…恐いし…何にもないし…朱里もうやだ…」
「アカリちゃんって言うんだ。うん。そっか…よく頑張ったね」

 澪は少女の頭を撫でた。
この少女…朱里には、目の前の光景は見えていない。
踊る幽霊達も、美しい音楽も、明るい光も……何も見えないのだ。
彼等をココに閉じ込めているのは朱里だ。
無意識な霊媒体質で、霊を土地に縛り付けるという能力がある『あるモノ』を憑かせているのだろう。

「もうココから離れてお家に帰りたい?」
「……うん」
「わかった。でもお家に帰る前にご褒美をあげよう」
「ご褒美?」
「そう。こんなところで一人でずっとお留守番をしていたご褒美に君に魔法をかける。
魔法は12時になったら解けてしまう。
解けてしまえば今までの寂しい事も怖かった事も、全部忘れてしまうけど…その分めい一杯楽しもうじゃないか?」
「う、うん」
「よし。じゃあ目を瞑って」

 朱里は言われた通り目を瞑る。
ギュッと硬く閉じた目は澪がいいと言うまで開く事はないだろう。
澪はパチンと指を鳴らす。
すると、朱里の足元から白銀の魔法陣が浮かび上がり、朱里の足元から朱里を包み込むように登っていく。
ワンピースのような服はピンク色の装飾がついた可愛らしいドレスに変わり、降ろしていた髪型も二つくくりになる。
服は讀子が用意したものだ。
彼女はかわいい服やコスプレ衣装などを作るのが得意なので、その中の一着を借りた。
あとは、転移の魔法で彼女の服とドレスを交換するだけだ。
髪型は昔、自分の師匠が横着をしてやっていたものを応用したものだ。
師匠もよく着替えるのがメンドクサイと言って服を転移させたりしていた。
 少し負の思い出が頭の中を過ぎったが、脳内から削除し朱里に目を開けるように言った。

「どうかな?お姫様」
「えっ…えっ?」
「可愛らしいですよ。お姫様。こちらでごらんになってください」

 またもやどこからともなく現われた讀子が、大きな姿見を持って朱里の前に立った。
明らかに変わっている自分の衣装にびっくりしたが、どこか恥ずかしそうに照れている。

「お気に召したかな?」
「あ…その…」
「どうかした?」
「ピ…ピンクって子供っぽくない?」
「全然。スッゴクかわいいよ。アカリちゃん。不満なら色を変えようか?」

 指をパチンと鳴らせば魔法陣が輝き、ドレスの色が変わる。
水色、緑、黄色…いろんな色に変わっていくドレスを見て朱里の目は輝いていた。
今宵、開かれる宴に彼女のような純粋に魔法を信じてくれる存在がいればとても心強かった。
魔法は自身が信じなければ、誰かに信じてもらえなければ使う事が難しい術。
魔法を信じる術者と魔法を信じる他者がいれば、使える魔法は大規模なものとなる。

「すごーい!お兄ちゃんは凄い魔女さんなんだね!」
「まぁね。アカリちゃんが笑ってくれたら…俺も楽しくなれるよ」

澪の言葉に朱里は幸せそうに微笑んだ。
そんな少女の後ろで忌々しそうに睨みつけ、牙を向けながら現われる黒い影。
誰かが彼女に取り付かせた『モノ』だろう。朱里の心の闇に取り付く亡霊の一種。
朱里が幸せそうにすればするほど、この影は朱里から出て行く。
負の心がなくなるのだ。とても居心地が悪いに違いない。

「さぁ!魔女の宴を始めよう!」

 澪が指をパチンと鳴らせば朱里の目の前に、澪には見えて朱里には見えない光景が広がった。
あまりのことに驚き、目を丸くする朱里に優しく手を差し伸べて幽霊達の宴へと混じっていった。
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