小さな食堂(短編)

□休日の過ごし方
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 意を決して、昌樹は電話に手を伸ばした。
電話のコール音が消えて、ゆっくりと耳に当てる。
震える声で、昌樹は「もしもし?」と聞いた。

『まぁ――さき君』

ガチャンッ!!!!

 女の声を聞いた瞬間、昌樹は電話を置いた。
やったぞ俺!偉いぞ俺!よくあの状況でこの行動を取ることができた俺!!
自分を三回くらい賞賛してから、カーテンをまとめていた紐で黒電話をおもいっきり結びつける。
ずっと押していればベルはならない。着信拒否ができる。
 とりあえず落ち着いた昌樹は、澪と映画を見る日にしようとおもい借りてきた作品の数々をみて途方に暮れた。
あの状況で澪に部屋から出てきてくれと言うのはあまりにも酷な話だ。
今頃ベッドで震えている澪に合唱しながら、どうしようかと悩んでいるとたくさんの食糧を片手に持った邑挟が帰ってきていた。

「あっ。邑挟!」
『…昌樹?この電話何事?』
「あぁ―――…貞子の紅い人ヴァージョン?」
『理解した』

 片手でも器用にホワイトボードに文字を綴っていく邑挟も遠い目をしていた。
そういえば八将とあの人は仲が悪いと聞いていた。
犬猿の仲というよりむしろ天敵の域に達していると……。
邑挟も彼女にヒドイトラウマがあるとかないとか…そんな話を紫燕がしていたような。

「邑挟。あの人のこと嫌い?」
『キライだ。大嫌いだ。でもそれ以前に……恐ろしい』
「あぁ。うん。ゴメン……」

 何か墓穴を掘ってしまったっぽい。

『アレと何年も過ごす事が出来る澪は勇者だと思う』
「……その人にたてつこうっていう浩明も勇者だったなぁ」
『お前の兄を俺は尊敬する。お前の兄はスゴイ奴だ』
「有難う。邑挟…そうだ!邑挟も一緒に感動モノ映画見よう!」
『映画?』

 不思議そうな顔をしながらも、食物を片手にソファーに座る。
昌樹は借りてきたDVDの中からこれなら見られるというやつを入れた。
扉を閉めて、部屋が真っ暗になり、映画が始まった。


□   ◆   □


 動物モノだった。
可愛い動物との悲しい別れを描いた映画に、昌樹は軽く涙を流した。
こういうのは純粋すぎて泣ける。とてもいい映画だった。
 隣ですすり泣く声が聞こえて、あぁ邑挟も泣いてるんだなぁと思い隣を見てビックリした。
黄色い物体がクッションに顔面(?)擦り付けて横たわっている(?)。
いつの間に入れ替わったんだろう…。よっぽど感動したらしい。
顔面というか体の表側(どっちが裏かなんてわからないけど)を完全にクッションに密着させているが息が出来るのだろうか。
見れば見るほど不思議生命体だなぁと思った。
こうしてみるともっくんの方が些か生物としての原理にちゃと基づいている。

「ゆ、邑挟?」
「グスッ…グスッ」

 声がなくても嗚咽だけは聞こえてくる。
よほど感動したんだろう。だが、ちょっとだけシャイな彼の事だから人型で泣かれているのは見られたくなかったのかもしれない。
いや、でも人型でも案外可愛いかもしれない。
まぁ少々大きいが、クッションに顔をうずめている褐色の肌に短くきった黄色い髪の闘神を思い浮かべれば…あ、あんがい可愛い。
 褐色の肌つながりで紅蓮とも似るところがあるが、紅蓮より邑挟の方が可愛げがある。
どぉーしよう見てみたいなぁと思った時、月讀が入ってきた。

「昌樹様。食器を片付けに参りました。それともジュースをおかわりなさいますか?」
「ツッキー…」
「あら?邑挟さん。こんなところで何を…」
『犬が…名前忘れたけど……犬がかわいそうだった』
「犬?あぁ…映画ですか…邑挟さんにアニマルモノ見せたんですか?」
「うん。まさかココまでとは思わなくて…」
「邑挟さん八将の中では一番心優しい性格してるんで…こういうのダメなんですよぉ」

 蹲る邑挟を抱えて頭(?)を撫でつつ邑挟を慰める。
その姿で一生懸命涙を見せないように背中(?)を向けている邑挟だが、これを大人サイズにしてみたら月讀のほうが抱き着かれる形になるだろう。
やっぱり一番可愛いのは邑挟かもしれないと昌樹は心の底から思った。

「昌樹様。ジュースのおかわりは?」
「あぁ―…どうしよう。一緒に見る人いないし…一人で見るのも寂しいし」
「でしたら、誰か適当な人を寄越しましょう。暇そうな人がいるかもしれませんし」
「えっ。でもツッキー達も忙しいんでしょ?」
「神威君辺りは絶対に暇してますって……澪様はもうちょっとダウン気味なんで」
「あぁ。知ってる。じゃあ、頼んでいい?」
「頼まれました☆ では、失礼します」

 邑挟を回収してそのまま出て行ってしまった月讀。
ジュースとポップコーンのおかわりはもってきてくれるだろうかと思いながら、次に来るであろう訪問者を待ち続けた。
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