小さな食堂(短編)

□休日の過ごし方
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 次に来たのは意外にも翡翠だった。
ムッスリとした顔を見れば、どうやら月讀に行けと命じられたから来たというのがありありと雰囲気から態度まで全てにおいて溢れ出ている。
彼女とはあまり接点はないが、どこか青龍ににているなぁと思うところがある。
始終不機嫌そうな顔をしているところとか、真っ直ぐなところとか。
 じい様が大阪から帰る途中に拾った時も青龍とは仲が良かったようだし、彼女も青龍のことはそれなりに気に入っているようだ。
まぁどちらも正義感は強そうだ。だから、似るところもあるのだろう。
アノ青龍が珍しく連絡を取り合っている数少ない友人。昌樹はあの襲撃事件以来余り接点がない。
 スイカを取りに来た一件でもあまり話もしなかった。
邑挟曰く、人間は嫌いではないらしい。だったら嫌わないでいてくれるだろうか。

「えっと…翡翠?」
「何だ?」
「あっ…いや…俺、翡翠とあんまり話す機会なかったから…」
「当然だ。私はお前と話す事など何もない」
「……ですよねぇ」

 会話終了。
昌樹は黙ってDVDをセットした。
あぁ。もうこうなったらこのDVDでボロ泣きするようなところを見てやる。
でもってそれをネタに少しでも会話をしよう!
そう決意して、昌樹はソファーに座り映画が始まるのを待った。
 まぁ同じような映画CMが流れる。まだ翡翠はつまらなそうにしている。
ようやくCMが終わり、始まると思った時現れたのは思っていたものとは別物だった。

カンフーマスター!! 〜煉獄の戦い!!〜

 間違えた。うん。どうやら手許が狂ってその隣にあったカンフー映画を借りてきたらしい……。
我ながら何と言うミス…まぁいっか。と思いつつ昌樹は翡翠とカンフー映画を見る事にした。


■   ◇   ■


 全ての場面でアクションスターを使わずに役者本人がやるカンフー映画は久しぶりに見たがどこかこう燃える何かがあった。
手に汗握るアクションに感嘆の声を上げながら、時折翡翠の様子を見ると結構真剣に見入っていた。
仮にも女の子なので意外だと思っていたが、終わった後には何やら感心しつつメモを取っているのに気が付いた。
遠目から覗き込めば、そこにはカンフーの技の数々が記してある。
よくぞまぁあの映像だけでここまで緻密に書けるものだと思いながら翡翠に映画の感想を聞こうと話しかける。

「どうだった?」
「人間というものはあんな超人的な武術が使えるのだな…参考になった」
「…まぁ。途中ワイヤーアクションとか混じってたけど…CGもあったし」
「アレを参考に敵を倒す方法の手掛かりになるやもしれん」
「そ、それはどうかなぁ…妖怪相手だし」
「神威を討つのにいい研究材料となった」
「神威狙ってるの!!?」

 驚きだ。妖怪相手だとばかり思ってたのに敵は結構身近にいた。
彼女はしごく当然と言う風に言い返した。

「決まっている。アイツを殺して摩訶八将最強の称号を私のものにする!」
「えぇ―――……そういうのって通力の強さとかで決まるんじゃないの?」
「なれぬのなら倒せばいい。貴様等のところの十二神将と一緒にするな。世の中弱肉強食。
 食われた方が負ける。それが朱雀街の掟であり、私達の中にある絶対的な理論だ」
「は…はぁ」
「これと私の電撃が組み合わさればきっと強力な戦法になる!感謝するぞ。昌樹」
「ど、どういたしまして…」

 彼と彼女は青龍と紅蓮とはまた違う因縁にあるようだ。
礼を言われたがどうしていいかわからず、昌樹は苦笑しつつ返事を返した。
打倒神威!と息巻く翡翠が出て行った後、昌樹は気付いた。
自分の事を名前で呼んでくれた。そういえば彼女に名前を呼ばれたのは初めてだ。
これはこれで一つの進歩なのだろうか。そういうことにしておこう。
 昌樹はDVDをしまいながらポジティブな考え方をしていこうと思った。
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