宿の企画室

□クリスマス企画『常闇の住人編』
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クリスマス企画フリー小説
『常闇の住人編』

朱雀街聖夜捕物帖

 12月24日から25日。
人間の世界ではこの日をクリスマスイブとクリスマスと言う。
サンタなんてもう信じるような年ではないので信じてはいなかった。
大体、真っ赤なあの服を着て髭を生やしたおっさんが勝手に家に上がりこんでくるなんて不法侵入もはだはだしい。
一種のホラー映画ではないだろうか?
 そんなちょっと変わったというより…荒みきったクリスマスの見方をしている少年…澪の前に、物凄く見慣れた人物がその嫌悪するおっさんの格好をして現われた。

「メリ―――クリスマ――ス!澪く…がふっ!」
「頼むから、俺の目の前に現われるな。今すぐ死ね」

 もうおなじみ過ぎて、出会い頭に魔弾をぶちかます程度に仲が良い(最初の頃は出会い頭に縛りつけて極寒の拷問ルームへと直行からレベルアップ)ストーカーの疾風。
こいつのクリスマス仕様とか誰も期待していない。
寧ろ嫌悪する存在が嫌悪する者のコスプレをして出てきたのだ。
ぶつけた魔弾もいつもより威力は数倍に跳ね上がっている。
 それでも死なないのだから、天狗の生命力は本当に凄い。

「こらこら。ダメじゃない澪。人に向かって死ねとか言っちゃいけません」
「じゃあ…去ねならいいですか?」
「それくらいならOK」

 判断基準がわからない。
相変わらずツッコミが存在しない師弟は、今日も独自のボケを突き進んでいる。
そんなこんなでクリスマスという行事が人間達だけが祝うものではないと言う事をご理解いただきたい。
 今年も南の街『朱雀街』はとても賑やかである。
他の街と違うところは職人達や商人達が多くいる分、この時期はどこも凄い宣伝をする。
人間の世界のクリスマス商戦くらいの激戦が行われるのだ。
よって真っ暗闇で支配されるこの世界の夜でも朱雀街はほのかな光で明るくなる。
気分は人間の世界でいうお祭りの縁日に似ている。
 澪はそんな過激な商戦が行われる街でのトラブルに対応する為に、見回りをして帰ってきたところだ。
まだ正式な警備隊がないこの街は基本的に自由である。
だが、この街を統治している呉羽の影響力は絶対であり、その禁を破ったものは死ぬより辛い目に会う。
呉羽は絶対に罰で妖怪を死刑にしたりはしない。
妖怪は一度殺すよりも、山より高いプライドをポッキリ折ってやった方が反省して二度と逆らわなくなるそうだ。
そんな奴等の末路を澪は知っている。
今日も彼等はこの過酷なクリスマス商戦を乗り切るべく、最悪な労働条件で最悪な形で扱き使われているのだろう。

「今年は他所からの観光も多いです。道の途中の警備とかを強化した方がいいかもしれませんよ。師匠」
「そうねぇ。余所者はアタシの恐さを知らないから好き勝手されても困るしねぇ」
「それからあまりにも激しい激戦から…呼び込みに熱が入りすぎて何かもう恐喝じみたところもあったので二〜三件、取り締まってきました」
「ご苦労様。疲れたでしょう?アンタもいろいろ巻き込まれそうになったんじゃない?」
「二年もやってりゃいい加減慣れます。賄賂の類も一切受け取ってません。ただ好意で進めてくれる人のは買って食べました。おいしかったです」
「そっかぁ…今年も盛り上がってるわねぇ…こりゃ運送屋も大忙しでしょう」

 運送屋…街から街に物資を届ける為に腕利きの妖怪達が集まるところ。
朱雀街の運送屋は籠屋も経営しており、この時期は馬車のような大きな籠にたくさんの妖怪達を乗せてバスのように行き来しなければならない。
格安なので誰でも乗れて遊びに来れる。
お金がない者でも朱雀街は見世物もたくさんやっているので行く価値ありと評判は高い。
 その為の警護は各街から出される。
西の街『玄武街』で警備隊を纏める副隊長『五十鈴』とも挨拶をしたばかりだった。

「今年も盛り上がりそうね。アレが」
「ですね。準備はできてるんですか?」
「蔵から出してきたから掃除しといてくれる?」
「わかりました」

 師匠がアレという恒例行事。
四大魔女の一人『祈願』の魔女呉羽が用意する最高のプレゼント。
『黄金の粉』というのがある。
 この粉を被った者に一つだけ欲しいものを召喚する力を与える事が出来る。
ただし、これは邪念を持っている者には召喚する事ができない。
例えば、殺人の為の凶器やら賭場で使う為の金やらというじ邪な心を持った者には『黄金の粉』は灰となって消えてしまう。
まぁそんなものは滅多にいないので毎年この粉を振りまいて欲しくてたくさんの人が集まる。
 その粉は全て呉羽が作っている。
絶対に覗いてはいけないという秘密の部屋で不気味な音を立てながら出来る魔法の粉。
澪はまだ詳しい製造方法を教えてもらっていない。
この粉は正式に街の統治者を次ぐ者にだけ、言葉で継承される。
まだ街の統治者になると決めたわけではない澪にはまだダメだと言われたのだ。
 澪自身、そんなに習いたいと思った事もない。
ダメだと言われたが呉羽の判断は正しいものだと理解できる。
粉が悪用されれば、きっとこの世界がメチャクチャになってしまうから、正しく使えるものを見極めた上で粉の製造方法を継承した方が確実である。
そこには変態天狗ストーカー疾風の手も及んだ事はない。
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