平成陰陽物の怪忌憚

□其の壱 物の怪 少女と出会うこと
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 東京のビル郡の隙間に小さな神社がある。
雨宮神社と呼ばれるその神社は、佇まいも小さく参拝客もあまりいない寂れた神社だ。
昔は雨乞いなどを行っていた祈祷師の家系だと言われていたこともあったが、今じゃそんなことは関係ない。
 そんな神社を一人せっせと掃除する巫女の姿があった。

「平和だなぁ」

 巫女は竹箒を片手にそんなことを呟いた。
巫女の名前は雨宮陽奈。この神社の神主の娘だ。
ビルの隙間から見える青い空は都会とは思えないほど澄み渡っていて、夏が近づく東京に温かな陽気を運び始めている。
 もうすぐ暑くなる。中学三年生最後の夏が始まろうとしている。
神社のことがなければ友達と海やプールに行ったりもしたいのだが、経営不振のこの神社を護る為に少しでも頑張らなければならない。
この通り歴史だけで全く流行らない神社はただでさえボロボロで両親が共働きしなければすぐに潰れてしまうくらいにボロかった。
 そんな神社を…今まで育ってきたこの神社を護りたい。家族で一丸となって護っていこうと決めた日にせめて掃除でもと思ってやっている。
中学生なのでまだアルバイトはできない。高校に入ればバイトができる。
苦しい家計を助ける為にも頑張らなくてはならない陽奈だが、このポカポカとした季節の変わり目の陽気に中てられて眠ってしまいそうになる。

「ダメダメ!寝るな!外やったら次は中なんだから!」

 陽奈は眠気を吹き飛ばすように首を振ると再び掃除に励んだ。
そんなこんなで陽奈は掃除を続けた。外の掃き掃除が終われば中のお堂の掃除をする。
小さな体で小さいとはいえそれなりにある廊下をパタパタと右へ左へと駆けながら雑巾掛けをして終わった頃には日が傾き始めていた。
 今日も一日よく働いたと一息ついた陽奈は木々に水をやろうとバケツと柄杓を持って外に出た。
バケツに水を汲んで柄杓で水をばら撒く。それが終われば今日の仕事は終わりだなぁと考えながら作業をしていると庭に生えていた柏の木の枝が揺れた。
 猫でも乗ったのだろうかと思い、陽奈は下から覗き込もうとするが何も見えない。

「?…猫さんじゃないのかな?」

 不思議に思い、見えない何かを探そうと目を凝らしてみるが見えない。
猫か何かだと思ったのだが気のせいだろうか。
そうだ!何かを閃いた陽奈はバケツと柄杓を置いて両脇を引き締めて構える。
スゥーとゆっくり息を吐き、深呼吸をした後に右足を後ろに下げて思いっきり柏の木を蹴った。
 柏の木は大きく揺れる。何か落ちてこないかと期待したがやはり木の葉だけが落ちてくる。
やはり気のせいだったのだろうか。そう思った陽奈はバケツを持ってその場を立ち去ろうと背を向けた時、ボトと何かが落ちてきた。
 振り返れば白い体躯の獣のようなものがいた。
耳は長く後ろに流れて、大きさは猫くらい。額には文様のようなものがついていて首の周りには突起のようなものがついている。
目の色はまるで夕日を切り取ったかのような赤色だった。
 しばらく目を合わせた二人…一人と一匹だったが、獣の方は不機嫌そうな声を出して言った。

「見せもんじゃねぇぞ」



 人界に下りてまず驚いたのがもう消えたと思っていた彼の気配を感じた事。
転生しているという話は聞いたことがなかったが、この気配は間違えなく彼のものだった。
千年前。自分を残して逝ってしまった彼の魂が戻ってきた。
となれば、あの夢も現実になるかもしれない。急いで探さなければ。
 灰色で四角い建物の屋上から屋上に飛び乗り、気配を感じる方へと急ぐ。
そして見つけた時、彼は固まった。
『彼』と同じ魂の気配。これは間違いなくこの下にいる人間から漂っている。
遠目から確認しても変わらない。目をこすっても変わらない現実。
千年前。男だった彼は…巫女服を着た女になっていた。
 何度も何度も見返して、確かめるもやはり変わらない。
あぁ。いや…もしかしたら女装しているだけかもしれない。
あの祖父が近くにいるのならば有り得ないことはない。あの祖父はいつでもどこでも孫で遊ぶことが大好きだった。
もう少し近くに行って見てみよう。
物の怪は建物から飛び降りて、神社の柏の木に乗り移った。
その時、少々音を立ててしまったからか少女に気付かれてしまったようだ。
いぶかしげに木を眺める少女。見れば見るほど昔の『彼』にそっくりだった。
すると、少女は手桶の中に杓子を突っ込み地面に置く。
両脇を引き締めて、深呼吸をする。何をするのかと思いきや思いっきり柏の木を蹴り上げたのだ。
 あの小柄な少女から放たれたとは思えない一撃に木々が揺れ、爪を伸ばして振り落とされないようにしがみつく。
これがもう一度来たら落ちる!そう思ったがどうやら第二波は来なかったらしい。
気のせいだろうかと首をかしげる少女が手桶を持って去っていこうとした。
それを追おうと思った時、先ほどまでのゆれでしびれた手足が滑りソレは地面に落ちた。
 少女と目が合う。まるで千年前のあの日を思い出す。
この感覚は…胸が温かくなる感覚は…彼女がそうなのだと気付かされる。
言いたい事はたくさんある。話したい事もたくさんある。けれども、咄嗟の事で言葉が出ない。
そして、何かしゃべらなければと思い口に出した言葉は…。

「見せもんじゃねぇぞ」

 自分の天邪鬼さを呪いたくなった。
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