平成陰陽物の怪忌憚

□其の弐  物の怪 学校へ行くこと
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 学校というのは昔の陰陽寮に似ている。
同じ服を着て、教師と呼ばれる学問の師から学問を教わる学校というところで陽奈も授業を受けていた。
中学校というところまでは絶対にこの学校に入らなければならないらしく、高校というところに進学するかは個人の自由とされている。
 陽奈の言った通り、退屈すぎるところではあったがよく日のあたる場所での昼寝だけは格別だった。
そよそよと風が気持ちよく通り過ぎるが昼寝ばかりしていてもつまらない。
ふと陽奈の机の上に目をやると一枚の紙の前で何かを考えているようだった。
『進路希望調査』。そう書かれた紙は白紙である。

「陽奈。どうした?」
「ん…なんでもない」
「なんでもなくないだろ…他の奴らはそれ書いてるぞ。何で書かないんだ?」
「………えっと…」
「雨宮さん。どうしたの?もうすぐ出す時間だけど…」
「出雲先生…」

 陽奈の担任…この『くらす』とやらの専任の教師『出雲 風音』は悩んでいる陽奈の後ろから話しかける。
いつかの風音にそっくりであると思ったのは言うまでもない。
彼女はきっと前の風音の生まれ変わりなのだろう。その証拠に見鬼の才があるのか時々こちらを見ているときがある。

「まだ…進路決めてないんです」
「…そう。雨宮さんはそこそこ勉強ができるんだから少しレベルが高い高校でも大丈夫なんじゃないかしら?」
「でも…お金が…」
「奨学金があるし、うまく試験を通り抜けられたら学費も免除されるわ。
 お家の大変でしょうけど…貴女ならできるわ。だって誰よりも努力してるんですもの」
「出雲先生……すみません。明日出すのでもう少し時間をください」
「わかったわ。たくさん悩んでいいから考えてきなさい」
「はい」

 陽奈は浮かない表情をしながらも目の前の紙を前にため息をついた。
何をするにも金が要る。陽奈の家はあの神社を護る為に両親が共働きをしている。
凄く貧乏というわけではないが、お金がないという事実に代わりはない。
進学するか働くか…迷っている陽奈だがこればかりは口出しするわけにもいかない。
 しばらくは一人で考える時間が欲しいだろう。そう考えた物の怪は一度陽奈から離れる事にした。

「陽奈。ちょっと探検してくる」
「いいけど…迷子にならないでね。ちゃんと戻って来るんだよ」
「わかってるって。じゃっ。後でな」

 物の怪はそう言って陽奈のもとから離れた。



 といって離れては見たが、見渡してみてため息をつく。
陰陽寮と似通ったところがある。
皆は気付いてはいないがそこらじゅうに雑鬼が溢れかえっている。
邪気のようなものはない。物の怪がいても誰も不審には思っていない。
 見鬼のない陽奈には彼らは見ることは出来ないのだろう。
昔、『彼』も見鬼を無くしたことがあったが陽奈の場合は元々ないのだろう。
物の怪がギリギリ見える程度。雑鬼達など気配も感じない。

 鼻歌を歌いながら廊下を歩く。どこも似たような部屋で男女の机が並び、そこで勉学に励んでいる姿がよくわかる。
たまに寝ていたり、おしゃべりしていたりする生徒なども見かけた。
随分と昔に比べて規律の少ない自由な学び舎なのだろう。
 物の怪はふとある教室を覗き込む。ここでは進路指導というものではなく別の授業をやっているようだ。
内容は古典。懐かしい仮名遣いが書き記されている。
堂々と扉から入り、物の怪は教卓に上がってこの時代の指南書を見た。
なんともわかりやすく、綺麗な絵が載っている。まるでそのまま人を映しとったかのような絵まである。
この時代は人間を完璧に模写することが可能なのかと関心しながらページを捲る。
 すると、ある場所から視線を感じた。物の怪がいた教卓から三番目くらいの席。

「あっ」
「お前…彰子か?」

 驚いた。容姿は彰子そっくりだが制服は「すかーと」という物ではなく「ずぼん」という男が着る物だ。
似ているが…やはり違う。がしかし、他人の空似と思えないほど似ていた。
どういうことだ?頭を悩ませていた俺に気づいた彰子もどきは慌てて目を伏せる。
 「のーと」とやらに板書された文字を書き写す。それを口頭と文字で伝えられるそれを写し覚えるのはこの学び舎の教育方針。
きっと書いては消してを繰り返す教師の速度についていこうと必死なのだろう。
物の怪は冗談半分で彰子もどきの机に近づく。我ながら見事に跳躍すると彰子もどきの肩に乗り「のーと」を見た。
相変わらず綺麗な字だ。とてもわかりやすく読みやすい。

「おぉー…やっぱり綺麗な字だな。相変わらず」
「あ、あの…」
「心配するな。俺は何の害もない。通りすがりの者だ」
「えっ……だって…この学校には明久先生の結界が…」
「結界?あぁ。俺様すんごーく偉くて、すんごーく力のある妖だから」
「…………そんな妖が何の用?」
「別にぃ。言っただろ。ただの通りすがりだって。この時間が終わったらちゃんと陽奈のところに……ふぐっ!」

 物の怪が言い終わるか終わらないかの瀬戸際で彰子もどきは物の怪の首を鷲掴みし、席を立った。
突然の事に周りが注目するが何のその。ついでに物の怪が苦しがって暴れていても何のその。
「すみません。ちょっと気分が悪いので保健室に言ってきます」と教師に有無を言わさず颯爽と物の怪の首を絞めたまま教室を出て行く。
物の怪の意識は朦朧とする。首を掴まれた手の握力は弱まる事を知らない。
 物の怪の意識は暗闇の中に落ちていく…。
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