小さな食堂(短編)

□休日の過ごし方
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始まりは…一人の少年が持ってきたレンタルビデオ。

「澪―――!!ビデオ見よう!」
「何の?」
「涙なしでは見られない感動モノ!」
「ふぅーん……」



休日の過ごし方



 というわけで澪と昌樹は夕焼け館の一室でビデオを見る事にした。
ビデオといっても最近のビデオ屋は、DVDなどに焼いている事が多い。
そして、この古い洋館の中にそんなDVDを再生できる映写機があった事にも驚きだった。
澪でさえもこの館を完全に把握しているわけではないので不思議ではない。
ただこういうのを見つけてくるのはいつも月讀かシルヴィだと澪は語る。
本当に不思議だ。館も充分に不思議だが、それ以上に月讀とシルヴィが不思議だ。

「ツッキーって何気にスゴイ人?」
「あぁ。冥界の奴等と電話繋げられるくらいの兵だからな」
「………ツッキーって何者?」
「さぁ?月は月だろ?」

 そんな非常識な式神を容認できる澪もさすがだなぁと昌樹は思った。
おいしそうなポップコーンとジュースを片手に、昌樹はふかふかのソファーに座る。
よく手入れが行き届いており、埃などは微塵も見当たらない。
調度いい高さに机もあっておやつもジュースも取りやすい。
 それでいて大パノラマで映画を見る事ができるとは…夕焼け館様様である。

「ミーオ!早く、早く!」
「はいはい…」

 呆れたように澪も隣に座る。
そして映画が始まった。


■   □   ■


 内容は、記憶を無くしていく呪いにかかったお姫様とお姫様に恋をした騎士がお姫様を護る為に力を尽くす話。
翌日になれば全部忘れてしまうお姫様にずっと付き従い、刺客達から護っていく。
全てはお姫様の一言が嬉しくて、嬉しくて、騎士は最期までお姫様を護る。

――――私の手は血で穢れています。今までたくさんの人を斬って来た。
――――いいえ。貴方の手はとても綺麗。だってこの手で私や国の人を護ってくれるのだから…。

 剣を握りすぎて皮が固くなり、不恰好で、血に汚れた手を優しく包み込んでお姫様が微笑みながら言ってくれたその言葉が忘れられなくて…。
そんなことすぐに忘れてしまうのだけれど、騎士はそれでもお姫様の傍を離れなかった。
 ある日、戦争が起きた。騎士は尽力したけれど、国は負けそうだった。
乱戦の中お姫様を探すシーン。瀕死の重傷を負いながらも騎士はお姫様の部屋を目指した。
扉を開けて中に入れば、いつもと変わらない笑顔がそこにあった。
お姫様が心配して騎士に駆け寄るが、騎士のことは覚えていない。
知らない人に話しかけるような目で、騎士の意識を必死に繋ぎとめようとしているのだ。
最期に騎士が姫の頬に触れて、指を刺す。そこには籠で飼われていた一匹の鳥。
頭のいいその鳥に城から外に出る避難路を覚えさせている。あの鳥についていきなさい。
 騎士は、それだけ言い残すと姫の目の前で息を引き取った。
お姫様は戸惑いながらも城を脱出し、鳥とともに生きて行く。
護ってくれた人も、何もかもを忘れて……永遠に彼女に記憶が残る事はない。
 数年後、彼女のもとに一人の魔女が尋ねてきて…彼女の呪いを解いていくれた。
彼女は全てを思い出したが、呪いは完全に消えたわけではない。
それ以降…彼女の記憶はやはり蓄積される事はなかった。
だが、彼女を護ろうとしてくれた騎士の存在を思いだせて、彼女は幸せに暮らしたとさ。

「バッドエンドねぇ…まぁ。そこそこ面白かったけど……何やってるの?」

 どこか不満そうな顔でソファーにあったクッションを抱いている昌樹に聞いた。

「いや…うーん。何か…ありがちっていうか途中で展開読めちゃった」
「あぁ――……それはある。ありがちな悲劇だよなぁ」

 似たような話を師匠から聞いたことがあるような気がする。
そこでアレ?と澪は記憶を巻き戻して、自分の過去を漁る。
似たようなっていうか…こんな話前にも聞いたことがある?
でも時代的には中世ヨーロッパくらいで、言えば千年前。
自分達の先祖が活躍していた時代の話である。
 まぁ。フィクションだし…在り得ないよなと自己完結して、澪はエンドロールを見つめた。

「まさかな…デジャブだデジャブ」
「どうしたの?澪?」
「いや。似たような話を師匠から聞いたから…あのババア歳いくつだよって思っただけだ」

ジリリリリリリリリリリリリン!!!!!!

 突然。部屋の電話が鳴った。
その音に何より驚いたのは澪だった。肩が大きく振るえ、恐る恐る黒電話を見つめる。
西洋風の黒電話は、高らかに鳴り続けている。それはもう盛大に。
澪はソファー越しにとっても警戒しながら黒電話を見ている。取りに行く気配はない。
何をそんなに警戒する必要があるのか?昌樹には皆目見当も付かない。
ただ見ていて可愛いなとは思った。アノ澪がまるで子猫のように電話を警戒している。

「澪ぉ…電話くらいで何ビビッてるの?」
「………………奴だ」
「えっ?何、澪……」
「もぉやだ……マジあの人恐い……どんだけ地獄耳なんだよ」
「澪?大丈夫?顔色が最悪に悪いよ」
「悪い昌樹……俺ちょっと部屋に戻るわ…」
「う、うん」

 真っ青な顔をして、それだけ言付けると澪はその部屋から飛び出した。
澪が飛び出したと同時に、電話は止まる。
しかし、澪が進んでいく方向に電話の音が聞こえる。
まるで電話が澪を追いかけているかのようだ。
………これは恐い。昌樹も数々の心霊体験はしているがこんな映画みたいな恐いのは知らない。
やがて澪の部屋の扉が閉まった。すると複数の電話の音がする。
あぁ。澪の両隣の部屋の電話をならしているのか…と理解するのには少し掛かった。

「………ノイローゼになりそう。鳥肌立った」

 こんな事をする人物を昌樹も澪も一人しか知らない。
澪が絶対的に逆らえない人物。澪の師匠であるクレハ嬢しかいない。
まさか澪の発言が世界を超えて盗聴されているとは思わなかった。
いや、あの人のことだからそれくらいやってのけそうだ。澪の恐怖はハンパないだろう。
ちょっとだけ澪に同情して、ちょっとだけ自分がそんな師匠に恵まれないでよかったと思った。
この時ばかりは自分のじい様に後光が射しているように見える。
 しかし、安心したのも束の間。ジリリリリと再び昌樹のいる部屋の電話が鳴った。
昌樹の肩が大きく振るえ、後ろにある黒電話を見る。
出たくない。しかし、出ないともっと恐いような気がして…。
だが、澪が部屋に閉じこもってまで取らないようにしようとする電話だ。
俺が取ってしまって良いものか?果たして、俺が取って生きて帰れるのか?
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