死人に捧げる花の名は

□死人花  −1−
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 ミーンミーンとセミが鳴く。
鬱陶しいくらいに蒸し暑い日。そう。今は夏休み。
いつもは学校の近い両親の方で暮らしている安倍昌樹は、只今本家の方に帰っていた。
一応避暑地ということになっているが、暑いことに変わりはない。

「暑い…」
「だらしないぞぉ…孫ぉ…」
「そういう物の怪のもっくんも暑さにやられてんじゃん」
「物の怪いうな」

 木造住宅の縁側でグッタリと横たわる一人と一匹。
あまりにも暑く、避暑地でも全く涼しくないという事態に少々嫌気が差す。
 七月二十日。昌樹は終業式が終わってから真っ直ぐ少し離れた本家へとやってきた。
電車で30分。徒歩で30分くらいある距離を行けば、森の奥へ続く長くて段差の低い階段が続き、古い木造建築の邸が現われる。
ココが安倍家の本邸であり、避暑地の別荘でもある。
昌樹は毎年夏休みは本邸で過ごすのだと、決めている。
夏休みの期間で陰陽術の修行をしたりする為が目的だが、毎年ついつい遊び過ぎて、陰陽術も夏休みの宿題もはかどらないという事態が起こっている。
もう毎年の恒例行事なので、家族の者は気にしない。
巻き込まれるのは物の怪だけ。
夏休みが終わりそうになると自由研究やらを書き出すのはいつも物の怪である。
 そんなわけで他の神将も家族も夏休みの宿題面においては一切ノータッチ。
今年もそんなことが起きるのだろうと予見して、物の怪はアジサイの種を植えて、観察日記をつけている。
嫌だ。嫌だ。と口にする割には結構ノリが良くかつかなり細かく書き込んでいる。
 今もそう。あまりの暑さにうな垂れて物の怪も昌樹も何処かへ行こうとは思わない。
こんな暑い日には、山の川辺に行くのがよかった。
だが、4年前のアノ事件から川辺には近づいていない。
行きたくなかったわけではない。ただ、あの場所にいくのが少し恐い。
 魑魅魍魎、怨霊や妖怪などを払うのが仕事のはずの陰陽師としては恥ずかしい事だが。
あの場所に行けば、恨みを持った『兄』がいるのかもしれないと思うと近づきたいとは思わなかった。
その為一度として、『兄』に花束を手向けた事もなかった。

「俺の兄不幸者…」
「どうした?昌樹」
「もっくん。川辺に行こう」

 このままではダメだ。
例えそう悟った昌樹は立ち上がり玄関へと歩いた。
その後を物の怪が追う。
 川辺に行けば、あの頃の記憶が蘇る。
そばにいれば救えたはずなのに、結局は救えなかった命の記憶が蘇る。
そんな記憶に一番苦しめられているのは当事者の昌樹だ。
無理をしてその場所に行けば、心が壊れてしまうのではないかと物の怪は心配している。
物の怪は昌樹を気遣うように声をかけた。

「昌樹…無理をするな」
「ううん。無理なんかじゃないよ……ただね。このままじゃいけない気がするんだ」
「昌樹…」
「確かに恐いよ。でも行かなきゃいけないって何となく…そう思ったんだ」

 いつまでも壁を避けていては、前には進めない。
見ないフリをするのは簡単だ。でも彼は自分の『兄』だった人だ。
逃げてはいけない。そう思い昌樹は物の怪を連れて外に出た。
 だが、昌樹は重要な事を忘れていた。
この近辺に花屋はない。よって花はどこかで摘まなければならない。
4年ぶりに行く手向けの花がそこらに生えている野生の花というのも、とても悪いきがした。

「バカだなぁ…清明の孫」
「孫いうな!仕方ないじゃん!思い立ったらすぐ行動が俺の美点なの!」
「で?行動してさっそく行き詰ってるじゃねぇーの?」
「ウグッ…」

 昌樹と物の怪はしばらく歩き、山の中にある花を集めることにした。
昌樹は片手に少々萎れかけている花を集めている時、ふと前を見れば真っ赤な一輪の花を見つけた。
花びらは反り返り美しい赤い花びらが並ぶ。
昌樹はこれなら少しは見栄えするかと、その花に手を伸ばした。

「昌樹!!」
「えっ?」

 物の怪の叫びに昌樹は手を引っ込めた。
物の怪は肩で息をしながら、少しだけ神気を解放し目の前の花を燃やした。
あまりのことにしばらく唖然と見ていた昌樹は、燃えている花を見て我に返り物の怪に言った。

「ちょっと!何してるのさ!!」
「アレは毒草だ。見たことないか?彼岸花ってやつを」
「え…あぁ。アレってそうだったんだ。街で見るのと違って綺麗だったから…」
「はぁ…ったく。気をつけてくれよ。…アレには絶対触るな!わかったな?」
「はぁーい(何だよ。ヤケに念押しするな)」

 キツク叱る物の怪のことを不審に思いながらも、昌樹と物の怪は花を集めて、川辺へと降りていった。
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