死人に捧げる花の名は

□死人花  −6−
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 昌樹は今いる春明の邸よりもっと山の中に入り、人里から離れていた。
 紫燕に誘われて歩いてはいるが結構な山道だった。
道なき道をひたすら進んでいるのに終わりが一行に見えない。
入り組んでいるというわけではない。本当に道なき道なのだ。
 自由に葉を伸ばす草花や木々たち。光は木々の葉の間から漏れる木漏れ日が照らすだけで、注意していなければ何かに躓いて転びそうだ。
 六合もこの悪道にはさすがに苦難の表情を表しているというのに、紫燕の足取りはまるで街道を歩くかのように軽く、普通に歩いている。

「どうしたの?二人とも」
『疲れた?』

 まだ肩の上に乗っている邑挟は伝言板を掲げた。
心配してくれているのだろう。なんとも微妙な挿絵付だ。
なんであの不安定な状態のうえでそこまでのものが書けるのだろうと思ったが、口には出さず昌樹は大丈夫だと言った。
 この先に澪がいて、自分のやるべきことがあるのなら進むしかない。
真っ直ぐにその先の道を見る昌樹に紫燕は、いい傾向だと思った。
彼には成長してもらわなければならない。来るべき日に備えて十二神将と共に力をつけてもらわなければ、きっとこの先に待ち受ける大局を乗り切る事はできない。

「ダメね。ダメ。全然ダァーメ。昌樹君。よく見て、感じて、じゃないと逸れる」
「よく見て…感じる?」
「そう。目を閉じて。ホラ、りっくんも」

 紫燕に言われたとおり二人は目を閉じた。
視界が閉ざされ、聴覚に入る草木が擦れる音や風の音しかしない。
この状態であの足場を歩いたなら確実にこける。

「目を閉じるっていうのはただ閉じりゃいいってもんじゃないわよ。
闇を見る。この山道にある闇を見てみなさい。そうすれば自然と見えるはず」

 闇を見る。この山道に存在する闇を見る。
紫燕の言っていることの意味がわからない昌樹は首をかしげるばかりだ。
だが思い切って一歩進んだ時、足がドロに嵌ったかのようにズボッと埋まった。
この辺にドロなんてものはなかったはずのなのに、一瞬足が浸かった。
 冷たくて、けれども優しく包み込むモノ…昌樹は一度足を戻して前を見た。
暗がりに浮かぶところに黒いドロの川が流れており、その川を渡すかのように紫色に光る足場があった。
その上には紫燕と邑挟がいる。
 昌樹は目を開けてはいないのに、二人の姿がハッキリと見えた。

「それに沈むと流されるわよ」
「何…この空間」
「地脈よ。龍脈とも呼ばれる生気の川。それが君にどんな風に見えてるのかはしらないけど…まぁ。魔女が習う魔法の基礎の基礎の方法でね。こうすれば結構楽に進むことが出来るの」
「基礎の基礎で…龍脈の流れを知るの?」
「陰陽師と違って魔女や魔術師と呼ばれる類の人間は外から力を集めてくるの。
自然との盟約。月光や陽光の力。別世界に住む魔物達の力とかね。
魔法を習う者が初めに行うのが一番扱いやすい自然との対話。
地脈の流れを知り、山の掟を知り、要素と契約を結んで初めて魔法を使う事が許される。
陰陽術みたいに学べばできるって力じゃなくて…それなりの才能と広い心がなければ魔女になるのは難しいの」

 それはとてつもなく難しそうだ。
生来のもやしっ子である昌樹に言わせれば、それは修験者なみのサバイバル。
昌樹には二日と持たずダウンしてしまうだろう。
 澪はそれをやってのけたからあんなに強いのだろうか。
怒涛の如く流れる黒い泥に足をつけないように昌樹は足場を歩いた。

「へぇ―…難しそう。俺には真っ黒い川にしかみえない」
「それじゃ基礎の基礎の端っこにぶら下がってる状態なのね。まぁ貴方は『護る』陰陽師になるんだし…それくらいが調度いいわ。私の作った足場が見えるなら上等」
「紫燕達にはどんな風に見えるの?」
「私達には…そうねぇ…黄金に輝く天の川みたいに見えるわ。もっと例えていうなら砂金の川とかかしら」

 大地の生命が胎動するような感覚。
過去にこの川に魅入られて命を落としたものは多い。
この中に飛び込んでしまったが最後、永遠の闇を彷徨い自らもこのかけらとして大地を彷徨うことになる。
 一度や二度、この境界をわたるのなら昌樹のように真っ黒な闇が見えるくらいが調度いい。
六合にも感じ取れたのか、少々驚いたような目をしている。
紫燕は昌樹の後ろにいる六合のそばまで行き、昌樹に邑挟を託すと六合の手を引いた。

「もし銀色か金色の川が見えるのなら見ないほうがいい。真っ直ぐ前の道だけを見なさい。昌樹君は先に行って。邑挟が案内してくれるから」
「わかった…六合は大丈夫?」
「問題ない」
「私も後から行くから…早く行く!」
「は、はい!」
「ダッシュよー!立ち止まるなぁ!青少年!!」
「はいぃ!!」

 紫燕の言葉に促されて、昌樹は黒い波に飲まれないように紫色の足場を踏みながら走って奥へと進んで行った。
別にそんなに怒っていないのだが、何故か紫燕の言葉には逆らう事ができない。
昌樹が思うに、いい姉御的位置になのが彼女なのだろう。
自分の意思がしっかりしていて、度量も大きくて、こんなに不安定で未熟な昌樹を支えてくれる。
 やっぱり魔神は優しい。だから澪も傍に置いているのだろうというのがよくわかる。

「澪は幸せだね。だから……失いたくないんだね」

 『護る』というのはとても難しい。
澪ほどの術者でも護りきれなかったものがたくさんあって、たくさん後悔をしている。
いつも俺を護って見守ってくれた物の怪や神将達の気持ちがわかったような気がした。
危なっかしい俺をどうやったら護れるか、必死になって考えてくれていたんだ。

「俺、なるよ。邑挟。誰かを『護る』陰陽師になる」
『頑張れ。昌樹。澪もみんな応援してる』
「有難う」

 まだ未熟かもしれない。
でもいつか、澪と肩を並べて澪を護ってみせる。
澪だけじゃない。物の怪や六合や十二神将の皆や摩訶八将やついでのついでにじい様や皆を護れるくらい立派で、凄い陰陽師になる。
 決意を胸に前へ進めば目の前に白い光が輝いていた。
アレが出口だ。昌樹は出口に向かって一直線に進んだ。
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