オリジナル

□愛と檻
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その日、夕貴は一週間ぶりに康也と会った。

というのも、康也が突然姿を消したのだ。普段康也は嘘を吐くことも隠し事も一切しないので、夕貴はそうとう動揺した。
なので、目の前でにこにこ笑ってコーヒーを飲んでいる康也にため息をつかざるを得なかった。
せっかく喫茶店に来たのだから、と、康也は夕貴のために紅茶を注文してくれた。普段から紅茶ばかり飲んでいるから、今更好みを知っているとかで感動を覚えることもない。

「なあ、どこで何してたんだよ」

「うーん、下準備、かな」

言いたくないことなんだろうな、というのは、夕貴には容易に想像できた。しかし、それゆえに納得できないのだ。困ったような笑みを浮かべて謝罪を続けている目の前の恋人が、純朴な小心者で、隠し事など出来そうもないことは夕貴が一番分かっていた。

ぎしり、と歯を噛みしめると、夕貴は席を立った。

「…………たばこ、吸ってくる」

「うん」

待ってる。
康也の言葉に少し安心して、夕貴は店員に声をかけると店を出た。
ポケットからたばこを出すと、店頭で吸い始める。二人の行きつけであるこの喫茶店には、喫煙席が無い。なので、夕貴はたばこが吸いたくなるとよく康也を店内に残してたばこを吸いにでるのだ。
何故だか息苦しくて、何度かむせた。
短くなったたばこを携帯灰皿で処理すると、夕貴はゆっくりとした足取りで店内に戻った。

「落ち着いた?」

「………ああ。…なあ、やっぱり言えないのか?」

「うん………今は、まだ」

「ふうん」

気にしていないような素振りも、多分見破られている。夕貴は確信していた。
温和で鈍くさそうな顔をしている康也だが、夕貴の感情の機微には誰よりも聡い。

何度目か分からないため息をこぼすと、夕貴は紅茶に手を伸ばす。夕貴が一番好きな、アールグレイだ。
すっかりぬるくなったそれを飲み下す。すると、康也は嬉しそうに、悲しそうに、歪んだ笑みを作った。

「………どうした?」

「ごめんね、夕貴」

「………?」

夕貴の視界は、急速にその色を薄めた。あまり眠れていなかったからか、と目を擦るが、意味を成さず、景色はどんどん白色に近づいていく。

「こ………や?」

「本当にごめん………愛してる、夕貴」

俺もだよ。そう返事をする前に、夕貴は意識を手放した。
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