オリジナル

□閉じられた世界
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少女はふと目を覚ました。
暗い部屋である。窓が無く、照明器具はちゃんと付いてはいるものの、その全てが付いていなければ、部屋が真っ暗なのは仕方の無い事だ。
少女が体を起こすと、それと大体同じくらいのタイミングで、なにやらガチャガチャと重い音が響き、ぎいい、という軋んだ音とともに、ドアが開いて、そこから光が入った。少女はその光に目を細める。
「おかえりなさい」
掠れた声で少女が言った。
光が当たって、少女の全貌が明らかになった。
服は着ていなかった。下着すら、着けていない。
滑らかな曲線を描く肢体は張りのある肌をしていて、それらは惜しげもなく露出されていた。
瞳も黒、髪の色も黒。光を受けてもそれらは暗く黒く、髪はもはや闇に溶け出すようだった。
今部屋に入って来た人物は、ドアの横にあるスイッチを手探りで操作し、部屋に明かりをともした。
部屋の中に、一気に光が溢れる。
広い部屋だ。調度品は、大の男が三人横たわってもぐっすりと眠る事ができるだろう大きな天蓋つきのベッドと、その横にしつらえたビューロ。クローゼットとビューロが一組置いてある。それなのに、それでも、どこか殺風景に感じるほど、その部屋は広かった。
「ただいま」
スイッチから手を離すと、その男は嬉しそうに笑った。
恋焦がれた相手にようやく会えたとでもいうように、少女に歩み寄ると、その両頬に優しげに口付ける。
「またお前は服を着ないで、風邪を引いたらどうするんだ」
「大丈夫よ」
少女は笑う。あどけない笑みだ。それと同時に、見たものを虜にする、妖艶な笑みでもあった。
かしゃり。
鉄の擦れる音が、広い部屋に響く。少女の足首につけられた枷が、鎖とともにたてた音だ。
男も、少女も、その音が聞こえないふりをする。
「まったく、忙しいから。もう少しお前を構ってやりたいんだが」
「大変なのね」
「そうさ、兄さんがいるのに、僕が優秀だからと、僕ばっかり父上はお呼びになる」
愚痴のように言う反面、それはあきらかに自慢げでもあった。男はネクタイを緩めジャケットを脱ぎ、、靴を脱ぐと、ベッドの上にあぐらをかいた。
「おいで」
男がそう言うと、その膝を枕に、少女は再び寝そべった。
少女の態度に満足したのか、男は次から次へと愚痴や自慢を話し出した。少女はそれらに相槌を打ち、たまに、驚いて見せたりもする。
それがしばらく続いたあと、
「そういえば、お前の父さんは?どんな人だ?」
不意に男が、そう少女に尋ねた。
不意のそれに、少女は身を起こして男の顔を覗き込み、部屋に一瞬、沈黙が下りた。
「・・・ふふ」
少女の唇が弧を描く。少女の笑い声が、沈黙に染み入った頃、少女は起き上がって、男の首に正面から両腕を回した。
「忘れたの?」
「ん?」
「あなたが、殺したんじゃない」
しん、となった。
男の目が、見開かれて、そして空をさまよった。
「あなたが、殺したんじゃない。そして、私をここに連れて来た」
かしゃり。鎖が鳴る。
男は少女と目を合わせた。
「・・・あの男、父親だったのか」
「そうよ」
くすくす、と少女は笑う。
「私を男に売って生活費を稼いでいた男。娘を犯すことに何の躊躇も無かった男。それでも・・・」
少女の笑い声が、止む。
「パパだった」
急に少女の細腕が解かれ、男の首を絞めた。
「っく!」
貧弱な、貧弱な力だった。それもそのはずだ。この部屋の中でも、ベッドの上から、ほとんど動かないのだから。
男は足枷の鎖をぐいっと引っ張り、少女を引き離した。小さく悲鳴を上げて、少女はベッドに沈む。
「悪ふざけはよせ」
少し息を乱しながら、男は血走った目を少女に向けた。
「お前の為にこの部屋を用意した。世話係もつけてる。助けてくれと言われたから、お前の父親を殺したんだ!」
「ごめんなさい」
男がそれ以上何か言う前に、少女が謝った。感情の表現が薄い少女の声には、それでも、申し訳なさそうな響きは感じられた。
「愛してる、ごめんなさい」
「・・・ああ、俺だって」
男の腕が、少女を抱きしめた。
「愛している。お前を、愛しているんだ」
強い力で抱きしめられながらも、少女の目は虚空を見ていた。

最初に少女が男に抱かれた時、男は、少女の全く知らない名前を、うわごとのように繰り返していた。
その名前が男が亡くした恋人の名であるということも、少女がその恋人に、生き写しのようにそっくりだという事も、その後に世話係から聞いて知っていた。

うそだ。
すべては虚構でしかない。
少女は知っていた。
・・・それでも。

少女はただ虚空を、じっと、無感動に見つめていた。

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