HETALIA
□おやすみ
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プロイセンがぼんやり深夜番組を見ていると、玄関のドアが少々乱暴に開く音がした。
「まーるかいてーちっきゅっうー、まーるかいてーちっきゅっうー」
調子はずれでもいい声であることには変わりない、ドイツの声だ。
小さい頃散々躾けた「ただいま」の挨拶を言っていないことに、プロイセンは弟の酩酊具合を悟った。
ぼんやりと見ていたテレビの電源を消し、玄関に急ぐ。
案の定、ドイツは赤い顔をして、玄関に座り込んでいた。
その上半身が、ふらふらと左右に揺れる。
「ヴェスト」
「あれ?にいさん、おきてたのか」
呂律がの回らない口調でドイツは言うと、のそのそと立ち上がる。
「おぅ、なんとなく深夜番組をぁああ!?」
会話が成立している事にすっかり油断していたプロイセンだが、ドイツは相当深酒をしたらしく、体をぐらりと傾がせた。
何とか、壁に寄りかかって踏みとどまる。
「おいおい、大丈夫かよ」
「・・・・きもちわる」
「だああもぉおお!!」
プロイセンはドイツの巨体を慌ててトイレに押し込む。
間髪いれずに、ドイツはげろげろとやりだした。その背中を、プロイセンは叩いてやる。
あっという間に体格も身長も抜かされてしまったプロイセンだったが、こういうときは全く弟の背中の広さを感じない。
「みず」
「はいはい」
プロイセンは冷蔵庫の中から水の瓶を取り出してグラスに注いだ。
そしてトイレにとんぼ返りすると、ドイツはまだ胃の中のものを吐き出していた。
水の入ったグラスを一旦床に置くと、プロイセンは再び弟の背中を叩く。
いつもきっちりオールバックに撫で付けている髪は乱れて、脂汗をかいた額に張り付いていた。
しばらくすると、落ち着いてきたのか、深く息を吸い始めた。
「みずー」
「はいよ」
ドイツは受け取った水を、口の端から少しこぼしながらも、あっと言う間に飲み干すと、空になったグラスをプロイセンに差し出した。
プロイセンは足早にキッチンのシンクへそのグラスを置いてくると、トイレの床に座り込んだままのドイツを何とか引っぱって立たせる。
「おい、ヴェスト。ちゃんと歩けよ」
「うぅ、まだ気持ち悪い」
「自業自得だろ」
ドイツの筋肉質な太い腕を肩に担いで、プロイセンはじりじりとドイツの寝室に運んだ。
ドイツが大きくなってから入る機会は減ったが、相変わらず堅苦しいほど整った部屋を眺めて、プロイセンは薄く笑う。
しかし、そんな場合でもなく、ドイツの体はもはやほぼ全体重でプロイセンにもたれ掛かっている。
体脂肪率が5%切っていようが、筋肉がついていれば重いわけで、何とかドイツの体をベッドに横たえた時にはプロイセンもうっすら汗をかいていた。
ベッドに腰掛けて呼吸を整えていると、その頬をドイツの指がぷにっと突いた。
「にいさん?」
「おお」
「にいさんだー」
謎の再確認。
G8の面々が見たら腰を抜かすだろう、緩みきった顔だった。
「にいさん〜」
「おお!?」
それなりの勢いを持って、プロイセンの腰にドイツが抱きついた。
一瞬、プロイセンは息を詰める。
「もうあの上司いやだー」
ぐりぐりと、痛みさえ覚えるほどに、ドイツは頭をプロイセンの腰に押し付ける。
驚いたことに、半泣きだった。
「よ、よしよし。お前はよくやってるよ。えらいえらい」
「いたりあぁ靴紐くらい自分でむすべー」
「そんな事までさせられてんのか・・・」
凄みのある声で、ドイツが唸る。
それからぶつぶつと愚痴じみた事を言ったかと思うと、すこー、と寝息を立て始めた。
「・・・やれやれ」
プロイセンはすっかり乱れた頭をわしわしと撫でた。
幼い頃から毛質は変わっていない。
しばらく撫でたあと、プロイセンは立ち上がろうとして、はっと気付いた。
「この腕・・・どうしよ」
ドイツのナイス筋力な両腕はがっちりとプロイセンの腰に回っていて、外れそうにない。
「ヴェストー、ヴェスヴェスー」
とりあえず、声をかけてみる。無反応。
「こちょこちょこちょ」
くすぐってみた。無反応。
「ぐぎぎぎぎぎぎ・・・・」
とりあえず頑張って外そうとしてみた。
「ぐぇ」
余計絞まった。
「・・・・」
「すこー」
「・・・・・・・」
「すこー、ふこー」
「っああもう、しょうがねえな」
プロイセンは腕を外すのをあきらめて、ドイツの横に寝転んだ。
ドイツは全く起きる気配がない。
その寝顔を覗き込んで、プロイセンはふっと笑った。幼い、油断しきった寝顔。
昔はよく、小さなドイツを抱きしめて眠ったものだった。
ドイツは意地っ張りで、いつだって、一緒に寝てくれなんて言わなかったが。
「こんなに大きくなっちまいやがって」
昔と逆だった。
プロイセンはすっぽりと、ドイツに抱きこまれてしまっている。
酒臭さのなかに、昔から変わらない、ドイツの匂いが確かにした。
それに、ほんの少し、プロイセンは切なさを感じた。頭を振って、それを振り切る。
「お休み、ヴェスト」
プロイセンはドイツの額にそっとキスをすると、眠りに落ちた。