碧玉の箱
□俺はアンタについて行く
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「二度と来るんじゃねぇ!」
――バンッ
一八五二年、江戸伝馬町の木綿問屋から大きな怒鳴り声が響くとすぐに、荒々しく扉が開かれ少年が一人叩き出された。
痩せ型ではあるがそこそこ筋肉のついた体つきの、現在で言うかなりイケメンの少年は、土方歳三、十七歳。
「くっそー!女が妊娠したくらい、何だって言うんだよ!けっ。こんなクソみてぇなとこ、二度と来るもんか!」
番頭が自分を叩き出した時に無造作に投げられた荷物をかき集めれば、先程までいた建物に向かって文句を言って歳三は歩き出した。
十七歳にして年上の女性を妊娠させ、番頭に追い出されたのだ。
しばらく歩いてようやく辿り着いたのは、実の姉・のぶの夫であり歳三の義兄に当たる佐藤彦五郎宅だった。
「…あら?歳!あんた何でここに?まさかまた喧嘩したんじゃ…!」
ちょうど玄関前で雑草取りをしていたのぶが歳三を見つけると、その時摘んだ草を地面にほっぽり歳三に駆け寄った。
六年程前、歳三が十一歳の時。
初めての奉公先・松坂屋いとう呉服店の番頭と喧嘩をし、殴ったことで解雇されているという問題児ぶりを発揮していた実績がある。
あれに比べたらまだ大人になっているはずの歳三だが、奉公中に姿を見せた歳三に、のぶは呆れたような表情を浮かべた。
「喧嘩じゃねぇ。アイツが一方的に怒ったんだ」
「訳もなく一方的に怒るもんですか。今度は一体、何をしでかしたの?」
「…ただ、女が妊娠しただけだ」
「…!歳っ!」
事実を知ったのぶは、歳三の左の頬を平手打ちした。
解雇された事はあの時とかわりないが、問題の内容からして歳三は確かに大人にはなっている。
が、大人になった分だけ起こす問題も危険度が増しているのが、のぶにはいたたまれなかった。
当の本人は叩かれたのが不本意だったあまり、すぐにのぶを睨んだ。
(姉貴もアイツと同じか…大人ってヤツは面倒だぜ)