碧玉の箱
□僕にはやっぱり、剣しかないんだ
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「宗次郎」
「ミツ姉さん、林太郎義兄さん…」
「宗次郎、気を付けて行くのよ」
「たまには帰ってくるといい。何かあれば源三郎を頼りなさい」
「…はい、行って参ります」
―僕は父様の願いを、叶えられなかった―
宗次郎は十一歳離れた実の姉・ミツとその夫・林太郎に見送られて歩き出した。
―もう、ここには戻らない―
宗次郎は白河藩の江戸屋敷にて生まれた、九歳になったばかりの少年だ。
父親は白河藩に仕えている身で、名前の由来は“宗家を次ぐ者”で宗次郎。
しかし長男である宗次郎が四歳の時に父親が亡くなった。
未だ四歳である宗次郎はもちろん後を継ぐことが出来ず、このままでは白河藩との縁が切れて生活の術を失ってしまうのだ。
それを懸念した叔父は、長女・ミツと井上林太郎を結婚させて林太郎を“沖田林太郎”とし、正式に後を次ぐのは林太郎とした。
生前の父親に「お前は私の後を次ぐのだ」と聞かされていた宗次郎にとっては、この出来事が心に傷を残すことになる。
――試衛館道場。
義兄・林太郎の兄弟、井上源三郎の紹介で天然理心流を知った宗次郎はその道場に住み込みで稽古をする事になった。
「すみません、沖田宗次郎です」
「おぉ、君が宗次郎君か!井上君から話は聞いているよ。さぁ、上がりなさい」
玄関で声をかけると、道主・近藤周助が出迎えた。
明るい人柄だが、やはり威厳めいたオーラが漂う。
宗次郎は促されるままに空き部屋に入り持ってきた僅かな着替えを箪笥に仕舞い込むと、すぐに道場へ向かった。
竹刀がぶつかる音と共に、気合いの声が聞こえてくる。
宗次郎の胸の中の期待と緊張が膨れ上がった。