碧玉の箱

□こっちにおいでよ
1ページ/5ページ


勝太の道場へ行くという約束をしてからどれ程の月日が経っただろうか。

あの時の鳥居には春特有の暖かい風が吹いていたが、今感じる風はひんやりとしたものだ。

見渡す限り田畑しかない道を、歳三はひたすら歩いた。

教えられた道を歩いた末に試衛館道場の看板を見つけた歳三は、珍しく緊張しながら歩みを進める。


「…源さん!?」


「あぁ、歳三君。どうしたんだい?」


歳三が外で掃き掃除をしていた男に声をかければ、その男も珍しい物を見たといったような表情で歳三を見た。

源さんと呼ばれた男の名は井上源三郎。

歳三の家から程近い日野の出で、周助の内弟子として試衛館にいる事は歳三も知っていたが、まさか奉公人のような行為を行っているとは思わなかった。

源三郎は沖田宗次郎の従兄弟に当たり、後の新選組六番隊組頭になる男だ。


「勝ちゃんに会いに来た」


「若先生ならちょうど今、道場に居られるよ。道場はあっちだ」


「そうか…ありがとう」


源三郎の指差す方向に歩くと、少し後ろに人の気配を感じた気がして歳三は立ち止まる。

振り向かずに耳を澄ますが、何の音もしない為に気のせいだと思い直すことにし、一歩足を踏み出した。


その刹那。


――パシーン!


「…ってぇ!」


歳三は背中を竹刀で叩かれ、背中をさすりながら振り向いた。

そこには竹刀を構えたかなり年下の少年がにっこりと笑いながら立っている。


「おい坊主、どういうつもりだ」


「あはは、油断は禁物ですよ?歳三さん」


歳三は驚いた。

たった今初めて出会ったこの少年が、自分の名を知っていたのだ。


「お前、どうして俺の名を?」


「さっき源三郎さんが言ってたじゃないですか、“あぁ、歳三君”って」


この言葉に、今度はうなだれた。

一瞬でもこの少年はただ者ではないのかもしれないと思ってしまった自分を悔やむ。


「宗坊、またお前か!何したんだ!」


ドタバタという足音を響かせながらやってきたのは、前より少し筋肉のついた勝太だ。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ