碧玉の箱
□僕にはやっぱり、剣しかないんだ
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「なぁ、宗次郎が来たぜ」
「ホントだ…おっかねぇ、みんな行こうぜ!」
いつもと変わらず竹刀や気合いの声が響きわたり熱気に溢れていた道場だが、宗次郎が姿を見せると途端に空気が変わる。
十二、三歳を超えた者達は宗次郎を見て見ぬ振りをし、それより下の者達はヒソヒソと話し始める。
宗次郎が初めて道場に来た日、そこにいた門下生たちと手合わせをした。
幼い頃の出来事がきっかけで引っ込み思案になり、それでも強い自分になりたいと願った宗次郎はただひたすらに剣を振るっていた…
そんな宗次郎はどの門下生にも負けない気迫を放ち、年上の門下生でさえ次々と敗っていったのだ。
以来宗次郎と同い年程の少年は宗次郎の事を“化け物”扱いし、あからさまに避けるようになった。
―僕にはやっぱり、剣しかないんだ―
自分は親の願いを叶えられなかった身。
こんな自分を愛してくれる人など居ないし、友達だって今まで居なかった。
しばらくの間、宗次郎が笑うことはなかった。
ただ、目の前の敵を負かすだけ。
そんな宗次郎の剣を見て、周助と勝太は心配した。
「先生…宗坊は大丈夫でしょうか」
宗次郎の稽古を見ながら勝太が周助に言うと、周助は腕を組んで唸った。
「彼奴の生い立ちを知っている俺達が護ってやる他はあるまい。宗坊は姉君の結婚の時もああなったそうだから、きっと今頃自分と戦っているんだろう」
「自分と?」
「あぁ。彼奴のあの表情は、自分を護る決意をした表情だ。強くいる事で自分を守ろうとしている」
「…宗坊は心を取り戻したら、きっといい剣士になります」
「今だってそうさ。彼奴の強さは天才だ。免許皆伝など、きっとすぐだぞ」
「いくら腕が良くても、心が無ければいけません」
「…そいつは、お前らしい考えだな」
この時から勝太は、宗次郎にやたら構うようになった。
(いつか俺を信頼し、心を開いてくれ)