碧玉の箱
□会いに来たんだ、ほんとはね
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一月末のある日のこと。
江戸でもだいぶ冷え込みが厳しく、この日は朝から雪が降っている。
勝太は吐く息が白くなるのを見ながら町を歩いていた。
特に用事はないが、敢えて雪の日に出歩きたくなったのだ。
「しかし今日は寒いなぁ…おっ、川の表面が氷ってる!」
ふと小川に目を移すと水面に薄い氷が張ってあるのに気が付き、歩みを止めてしゃがみ込んだ。
「こんな事なら、宗坊も連れて来るんだったなぁ」
勝太が独り言を呟いていると、緩やかな川の流れに乗って一枚の布が流れてきた。
薄い黄色に赤の花柄の、彩りが綺麗なものだ。
手に届く距離に流れてきたそれを取ってみると、それは当時高級な呉服に用いられる“ちりめん”だった。
「これは…」
農家育ちの勝太にはこれまで触れたことのない感触で、思わず広げて見てしまった。
十二cm四方くらいの大きさしかないその布の用途はよく分からないが、これを使っている女性は綺麗なのだろうと思った。
「あの…」
不意に後方から声をかけられて振り向けば、そこには自分より一回りほど年下の少女が立っていた。
「ん?何だい?」
「あの、それ…」
それ、と少女が指さすのは、先程勝太が拾い上げたちりめんだった。
勝太は予想外の持ち主に驚いた。
「これ、君のかい?」
「…あたしのお母さん」
「そうか、君のお母さんのか!」
「ううん。あたしのお母さんなの」
「…え?」
正直、勝田には理解し難い話だ。
かける言葉が見つからずに立ち尽くしていると、少女が口を開いた。
「あたしのお母さんが着てた着物ね、切ってきたの」
「そんな悪戯してはいけないよ!これ、高いんだろう?」
「だって、お母さんもう着物着れないの。死んじゃったから、着れないの」
「…そうか……」
「あたしね、知ってたんだよ?お母さんが死ぬのも、寝るとこなくなるのも」