□つみびと
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ぼくたちは、つみびと。
でもきっと、ぼくのが重罪。
絡めた手指の感触が、ぼくをどうしようもなく生かし、呼吸させ、また、罪のうわ塗りをさせる。


「まだ、あと――時間はかかる」


あなたが告げた時間はぼくの耳には届かなかった。時間という概念の外側にきてしまっているぼくには。もうあなたしかいない。ここには、あなた以外なにもない。ぼくは今、ぼく自身の一番内側にいる。そこに、あなたを道連れにして、いる。

あなたを見上げる。ぼくの視線に気づき、その眼がぼくを見る。ぼくたちは、当たり前のように唇を交わす。言葉を交わすより、ずっと自然に。苦い煙草味。ぼくはそれを死ぬまで味わい続けるだろう。この唇も。唾液も。舌も。永遠に摂取し続けるだろう。でもそうでないと、困る。
もう誰にも与えてやるものか。もう他の誰にも、この男を味わうことを許しはしない。

死が二人を別つまで。なんて、くそくらえ。ぼくたちを別つものなどない。宇宙中さがしたってどこにもない。ねぇそうだろ。少なくともぼくが死ぬまでは、そうだと言い続けて。そんな思いであなたを見る。あなたは頷く。だからぼくは泣きそうになる。目頭が熱を持ち頬のあたりがじんわり熱くなり、唇がふるえる。あなたの親指がぼくのくちびるをなぞる。掌が頬を包む。唇が、瞼にそっと触れてくる。
ぼくはこのまま死にたくなる。ここにしかいたくなくて、そうなる。

「なにもいらない」あなたが言う。お前だけいればいいんだ、と。ぼくの胸の内を見透かしたみたいな声で。

「俺も」ぼくは答える。俺も、今、あなたとまったく同じことを感じているよ。

心を半分切り取って、いらないほうを捨てて、のこった半分どうしをあわせよう。うまくつかないのなら、針と糸で何重にも縫い合わせよう。麻酔なんていらない。痛みも、血も涙もぜんぶ、この愛の証明になる。
捨てた半分の心を振り向くことは永久にないだろう。すくなくともぼくはそうだし、あなただってきっとそうだ。
ぼくは一秒ごとに願っている。あなたがあの人のところへ帰らないように。そして、死ぬまで願い続ける。





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