□つみびと
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あなたの指に、銀色の鎖があった頃。

ぼくは14歳だった。今のぼくからしたら考えられないことなのだけれど、当時のぼくはひどく病弱だった。それで学校では、日になんども保健室を訪れた。
あなたは保健室教諭だった。
無事に生きながらえたなら、八十年くらいはある人生の中で、偶然にも早い時期にぼくたちは出逢えたわけだけど、七十歳で出逢っていたとしても、結果は同じだったと思う。結果というのは、恋におちた、ということ。

ぼくは、あなたの白衣にかかる後れ毛を見るのが好きだった。目が覚めるような白と漆黒とのコントラストを愛していた。それからペンを持つときのあなたの指先や、珈琲の匂いのする吐息や、目じりだけで笑う笑い方や、時々ついている寝ぐせや、規則的な足音や、ぼくが寝ているときにする控えめな咳やくしゃみや、そんな、挙げたら切りがないすべてを、ぼくは愛した。ごく自然に、するりと。





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