他
□つみびと
9ページ/45ページ
「夜になってきた」
ぼくの手を握りなおしながらあなたが言った。
ぼくは、あなた越しに車窓を覗く。
「青い」
そこには、海底のような空が無限に続いていた。
いつかされた詰問が、ぼくの頭の中で鳴る。
きみが同じことをされたらどう思う。
ぼくが、同じことをされたら。そんなことは絶対にありえないので、考え付きません。でも、もしもこの人にそんな素振りを見つけたらぼくは、その瞬間にこの人を殺し自分も死にます。
「ねぇ」
ぼくはあなたの首筋に額をこすりながら言う。
「もう、1秒だって離れたくないんだ」
ぼくたちは、海底を貫いて猶、落ち続ける。こんなにも身を焦がしながら。
いっそあなたの一部になりたい。いやでも、一部なんかじゃ足りない、全部がいい、あなたになりたい、あなたの全部をあなたと共有したい、ぼくは、ぼくのまま、あなたになりたい。同じタイミングで呼吸し鼓動し感じ愛し死ぬ。そうなりたい。そうなることしか、いやだ。もうぼくにはそれしかない。そうするしか、ないんだ。
「ああ」
あなたは頷く。ぼくのすべてを見透かしたみたいに頷く。
だからぼくは泣きそうになる。でもあなたがここにいる限り、ぼくが泣くことは決してないのだ。
End(2019.8.16)