呑み込まねばならない決断を繰り返して、人間は生き続けなければならない。











「…、二択?」
「二択」


深夜、万事屋に訪れた土方の身体は冷え切っていた。家主は身体からほんのりと薫る鉄に気付かぬふりをしながら招き入れ、先刻まで自分が収まっていた布団に連れ行き、抱き込んだ。
暫くの間、無言でいた恋人を気遣い、同じように黙っていると、突然世界に二択しかなかったらどうする、と洩らされた。温まり始めた指先に口付けながら視線で続きを促せば、正しいか、誤りかだけの二択、と小さく呟かれた。仕事で嫌なことがあったんだろうな、と銀時は土方に見えぬ位置で彼の上司たるお偉いさん方を思いながら、眉を顰めた。


「してみる?」
「…、何を?」
「二択」


訪れたばかりの刻の、ややぼんやりとした様子は徐々に消えつつある土方の髪を優しく梳きつつ、銀時は提案した。


「ルールは片方が二択でしか答えちゃダメ。その間もう片側は普通にしてていい。その方がわかりやすいでしょ?」


悪戯っぽく微笑う銀時には悪いと思ったが、土方はこの時、あまりにも全てが億劫で仕方がなかった。


「まず、俺が二択ね」


しかし、どうぞ、と微笑まれ、断りそびれた土方は渋々と口を開く。土方自身はあまり自覚していないようだが、警戒心が強い半面、懐に入れた相手に大して随分と甘くなる性質があった。


「…、銀時」
「Yes」
「お前の名前は、坂田銀時」
「Yes」
「…、お前の名前は土方、」
「Yes」
「ふざけんな」
「NO」
「、お前の名前は沖田総悟」
「NO」
「お前の名前は近藤勲」
「NONO、NO」
「…、お前の名前は松平片栗虎」
「NONO」
「…、もう聞くことねぇんだが」


NO、と答えて苦笑いする銀時に土方は少しの戸惑いと共に小さな安心感を覚えていた。冷えた身体は温まり、しかし何故か未だに強ばっていたのだが、銀時がそこに触れることはなかった。


「じゃ、次は俺の番ね?」
「…、Yes」
「オレは土方君が好き」
「なっ、そんなの、」


役目を交代して直ぐの質問に、元来羞恥心の強い土方は声を荒げようとしたが、その言葉は銀時の人差し指で鍵をかけられる。二択以外を許さない、と言いたげな無邪気な眼差しに土方はそっと息を吐いた。負けず嫌いの土方の前に、ルールを示す銀時。逆らえるはずもない。


「、俺は土方君が好き」
「NO」
「土方君は俺が好き」
「NO」
「俺は土方君が好き」
「NO」
「土方君は俺が好き」
「NO」
「俺は土方君が好き」
「NO」
「土方君は俺が好き」
「…、Yes」
「俺は甘味が好き」
「Yes」
「土方君はマヨネーズが好き」
「Yes」
「俺は万事屋をしている」
「Yes」
「土方君は警察をしている」
「Yes」
「俺は三人と一匹で万事屋をしている」
「Yes?」
「土方君は真選組という警察をしている」
「Yes」
「俺はスクーターに乗っている」
「、Yes」
「土方君はパトカーに乗っている」
「…、Yes」
「俺は土方君が好き」
「NO」
「俺は土方君が好き」
「NO」
「俺は土方君が好き」
「NO」
「俺は土方君が好き」
「…、Yes?」
「俺は土方君が好き」
「、Yes」
「俺は土方君が好き」
「、NO?」
「俺は土方君が好き」


羞恥心から少々意固地な答えも返したが、土方はそこそこに真面目に答えた。しかし後半に同じ質問が繰り返された点においてはわからない。定義は正しい、誤りのどちらかへの分類だが、あまりに同じ質問が繰り返され、どちらか答えてほしい答えがあるのだろう、と合わせようとしたことを否定出来ない。また、合わせようとしたというのにどちらを求められているかが、わからなくなってしまったことも否定出来ない。答える声が遂に止んだ。
不安げな土方の眼差しに交代しようか、と再度持ちかけられるが、土方は首を横に振った。億劫を感じていた心は更なる過重を感じていたのである。そんなこと等は銀時にだってわかっていた。


「じゃぁ、困り顔の土方君に二択の答えをあげる」


それでも続けるべき必要性というモノもまた、銀時は感じていたのである。


「聞いてごらんよ」


促された土方の心はけして万全ではなかったが、万事屋に足を運んだ己の弱さの代償だと考え、ゆっくりと口を開いた。


「…、俺の、番」
「Yes」
「お前は俺が…、好き」
「NO」


淡く、土方が怯んだことにも、銀時は何も言わなかった。今の銀時には二択しかないことを心得る土方の方も、何も言わずに先の銀時の質問をなぞり続けた。


「俺はお前が好き」
「Yes」
「、お前は俺が好き」
「Yes」
「俺はお前が好き」
「NO」
「お前は俺が好き」
「Yes」
「俺はお前が好き」
「NO」
「お前は甘味が好き」
「NO」
「…俺は、マヨが好き」
「NO」
「お前は万事屋をしている」
「Yes」
「俺は警察をしている」
「NO」
「お前は三人と一匹で万事屋をしている」
「Yes」
「俺は真選組という警察をしている」
「NO」
「お前はスクーターに乗っている」
「NO」
「俺はパトカーに乗っている」
「NO」
「お前は俺が好き」
「NO」
「お前は俺が好き」
「NO」
「お前は俺が好き」
「NO」
「お前は俺が好き」
「NO」
「お前は俺が好き」
「NO」
「お前は俺が好き」
「Yes」
「意味が、」
「今のを全部答えてあげる」


萎えた土方の心は言葉を欲しがった。意味がわからない、と言ったところでYesかNOでしか答えないことへの不満よりも同じ質問に答えのバラつきがあることが、堪らなく不安で不愉快だった。そんな土方の心を推し量ること等造作無いはずの銀時はやはりどうぞ、と続きを促すだけだった。
土方は長めに眼を閉じた。温かな布団と恋人の腕に包まれていながらにして、夜闇の底冷えに心が折れそうになっている自身を叱咤し、やがて眼を開けた。


「…、俺の番」
「Yes、そうだね。土方君の番だよ」
「お前は俺が好き」
「NO、悩んでる土方君を見てるのは辛いから、どっちかって言うと好きじゃない」


流れ聞こえる言葉の柔らかな温もりと、恐るべき堅さが仕舞い込まれ、瘡蓋に覆われていたはずの古傷を疼かせた。


「俺はお前が好き」
「Yes、家にまで来てくれるようになって嬉しいよ。いつも傍に居て、愛してくれてありがとう」
「お前は俺が好き」
「Yes、勿論。だから告って、今も二人でいるんでしょ?」
「俺はお前が好き」
「NO、人間だからね。全部が全部ってわけじゃないと思うな」
「お前は俺が好き」
「Yes、そんな擦れ違いも愛せちゃうんだから不思議だよね」
「俺はお前が好き」
「NO、性格なんかは近過ぎて気付かないのかな?自分も同じことするくせに、よく心配して叱ってくれるよね」
「お前は甘味が好き」
「NO、虫歯が怖い」
「俺はマヨが好き」
「NO、柳生の屋敷に行くと嫌いになるらしいね」
「お前は万事屋をしている」
「Yes、昔っからね」
「俺は警察をしている」
「NO、土方君がしてるのは真選組」
「お前は三人と一匹で万事屋をしている」
「Yes、定春を筆頭に仕事サボってる気がするけど、俺も適度に気抜いてるからね」
「俺は真選組という警察をしている」
「NO、一般的に言うならどうか知らないけど、真選組を警察なんて括りにまとめるのは乱暴だと思うよ」
「お前はスクーターに乗っている」
「NO、今は乗ってない」
「俺はパトカーに乗っている」
「NO、布団の中ですから」
「お前は俺が好き」
「NO、一生懸命過ぎて過去を顧みないふりをするとこが嫌い」
「お前は俺が好き」
「NO、真っ直ぐで格好良くてみんなに好かれてる自分が好きじゃないとこも嫌い」
「お前は俺が好き」
「NO、本当はいっぱい言いたいことあるくせに黙り込むとこも嫌い」
「お前は俺が好き」
「NO、何でも自分一人で背負い込もうとするとこも嫌い」
「お前は俺が好き」
「NO、自分が一番無理して頑張ってるのに他人にしか優しく出来ないとこも嫌い」
「お前は俺が好き」
「Yes、でも俺は土方君のそんなとこも全部ひっくるめて大好きなんだよね」


淡々と流れ続けた言葉の数々が夜闇に融けた。じわじわと溶け出して、夜は朝になった。銀時の髪が煌々と光り出すのを、土方はぼんやりと見ていた。眠気が抑えきれないのか、それは路傍の人を眺めるような眼差しであった。


「正解か不正解かだけに括り切れるはずもないのに、馬鹿な子だな」


両の腕から滑り落ちた悲しみを拾う術はない。拾い上げることの叶わない悲しみは、全て痛みとして身体に刻まれる。明日に向かわなければならないからだ。昨日への停留は人間に許されていない。どれ程滑り落とした悲しみに心を砕こうとも、選択し、明日へと歩み続けることしか人間には出来はしないのだ。


「決断は二択にしてもいいけど、そこにある理由とか信念とか、志とかは忘れないでね?」


結果論だけで生きられる程、人間は強くないのだ、と銀時は言った。それでも、と土方は思った。
繰り返された二択は誰の為にだってならず、それ故に現実に忠実で、人間は心を置き去りに明日を求め続けるのだ。

生き続ける限り選択こそあれ、善しさなんて何処にもないのだ。死して神の前に立つその日までは、人間は人間の良心によってそれらを裁き続けるしかない。


「おやすみ、土方君」


瞼が下ろされた先に広がる闇に灯す為に縋った声が、けして神の声ではないことを、人間は忘れてはならない。





















 

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