Happy Ever After

□Sweet Fever
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お昼ご飯を半分以上、
残してしまった。



あれれ?
こんなの、わたしらしくない…


そういえば何だか、
さっきから、頭が痛いような…




そうこう感じてるうち、
午後の練習が始まった。




…手にしたマイクが
いつもより重たい。



ドラムスの音が
頭のなかでズキズキと反響する。


割れそうに、痛い…。


気道は狭くなり、
歌声が胸につかえた。


(いけない…集中しないと…)


だけど今、わたしの全身を襲っている倦怠感は、ぶ厚い曇り空のよう。



…わたしの不調を察して、
ギターが走り出した。
後ろを振り返ろうとしたら、体がぐらつき…


「…おいっ!?」


誰かが短く叫ぶ声を耳にしながら、わたしはその場にしゃがみこんだ…




………☆★



熱が、出ているようだった。



瑠禾が、わたしのマンションまで送ってくれる事になった。



車の助手席で目を閉じていると。


「ごめん……ちょっと、留めてもいい?」


囁くような、小さい声がして。


うっすら目を開けると、瑠禾はすでに車を停めて、わたしの顔をのぞきこんでいた。



「あ……」


「大丈夫?」



不安そうな表情を浮かべる瑠禾に、ちょっと頑張って、笑顔を向けた。


「大丈夫だよ…
…ここ、どこ?」

「ん、スーパー…の、駐車場」

「スーパー…?
瑠禾、晩ごはんの材料でも調達するの…?」

「ちょっと…
…ね。すぐ戻るから、待っててくれる?」

「う…ん」


わたしが答えると、瑠禾はホッとしたような表情を浮かべ


「ほんとにすぐ戻るから。
いい子にしてて?」


わたしの額に手を伸ばし、汗で張りついた前髪を優しくかきわけてくれた。



少しひんやりとしたその手が離れる時、
わたしは何故か、泣きたいような、不安な気持ちになって…瑠禾を見上げた。


わたしの視線を受け止めて、
瑠禾の睫毛が揺れた。



そのままわたしに向かってスッと身をかがめると、一瞬、触れるだけのキスをして。



驚いたわたしが声を発する間もなく、
体を離すと静かにドアを閉め、スーパーの入口へ、走り去って行った。


わたしはその姿を見送りながら…寒気を感じて、肩口に掛けてもらった彼のジャケットを、胸にかき抱いた。



………☆★





朧げな意識の向こうで、瑠禾の声が聴こえる。



ゆっくりと、意識が戻ってきた。



彼に抱き抱えられ、
何処かへ向かっている…



「ね……カギを……
……どこ……」



夢うつつに耳にした言葉が、
ほどけて、
再び集まり、
ゆるゆると意味を結ぶ。



「カギを……」



目を開けると、ルカに抱き抱えられ、自宅マンションのエントランスロビーにいた。


「…あ……ごめ、ん…」

「謝らなくていいから。
カギ、どこ?」

「んと……」


瑠禾の肩に、わたしのカバンが掛かっていた。


「カギ。自分で取って、開けて?」


と言われ、わたしはカバンに手をつっこみ、瑠禾に抱えられたまま、腕を伸ばして、なんとかキーを差し込むと、ロビーの自動ドアを開けた。


「…もう、降りるよ。
ごめん。重かったでしょう?」


降りようとするわたしを瑠禾は許さず、エレベータに乗り込むと、肘で器用にボタンを押す。


「重くない。
ヒーローにとって、こんなの、重さのうちに入らない」



(この期におよんで…ヒーロー、ですか…)



「……は、はっ…」


わたしが力無く笑うのを見て。


瑠禾はうれしそうに微笑んだ。




………☆★





…結局、わたしは。



部屋のカギを開けるとき以外は、
ベッドに降ろされるまで、抱き抱えられ、瑠禾の胸に顔を埋めたままでいた。



「はい、到着」



丁重に体を降ろされた。


「ありがと……」

「どういたしまして」


瑠禾はベッドの脇に膝まづくと、両腕両肩に引っ掛けていたカバンや買い物袋をトサッと落とした。


買い物袋のひとつをガサガサと開け、
さっきのスーパーから調達したらしい冷却シートを取り出すと、わたしの前髪をかきあげて、額に貼ってくれた。



「お昼、ほとんど食べなかったよね?
いま、お粥作るから…食べて、お薬飲んで?」


わたしを見つめる漆黒の瞳が
優しく細められる。



うれしくて、
涙がこぼれた。


「泣いてる…。苦しいの?」

「ううん…。
うれしい、の…」





親元を離れ、一人暮らしを始めてから最初に風邪をひいた時の事を、思い出していた。


あの時。


さみしくて…
不安で…
布団のなか、声をあげて泣いたっけ。




体が弱ってる時って、
どうしてこんなに、涙もろくなるんだろう?



泣きじゃくるわたしの頭を、
瑠禾はいつまでも撫で続けてくれた。




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