Happy Ever After
□Sweet Fever
1ページ/3ページ
お昼ご飯を半分以上、
残してしまった。
あれれ?
こんなの、わたしらしくない…
そういえば何だか、
さっきから、頭が痛いような…
そうこう感じてるうち、
午後の練習が始まった。
…手にしたマイクが
いつもより重たい。
ドラムスの音が
頭のなかでズキズキと反響する。
割れそうに、痛い…。
気道は狭くなり、
歌声が胸につかえた。
(いけない…集中しないと…)
だけど今、わたしの全身を襲っている倦怠感は、ぶ厚い曇り空のよう。
…わたしの不調を察して、
ギターが走り出した。
後ろを振り返ろうとしたら、体がぐらつき…
「…おいっ!?」
誰かが短く叫ぶ声を耳にしながら、わたしはその場にしゃがみこんだ…
………☆★
熱が、出ているようだった。
瑠禾が、わたしのマンションまで送ってくれる事になった。
車の助手席で目を閉じていると。
「ごめん……ちょっと、留めてもいい?」
囁くような、小さい声がして。
うっすら目を開けると、瑠禾はすでに車を停めて、わたしの顔をのぞきこんでいた。
「あ……」
「大丈夫?」
不安そうな表情を浮かべる瑠禾に、ちょっと頑張って、笑顔を向けた。
「大丈夫だよ…
…ここ、どこ?」
「ん、スーパー…の、駐車場」
「スーパー…?
瑠禾、晩ごはんの材料でも調達するの…?」
「ちょっと…
…ね。すぐ戻るから、待っててくれる?」
「う…ん」
わたしが答えると、瑠禾はホッとしたような表情を浮かべ
「ほんとにすぐ戻るから。
いい子にしてて?」
わたしの額に手を伸ばし、汗で張りついた前髪を優しくかきわけてくれた。
少しひんやりとしたその手が離れる時、
わたしは何故か、泣きたいような、不安な気持ちになって…瑠禾を見上げた。
わたしの視線を受け止めて、
瑠禾の睫毛が揺れた。
そのままわたしに向かってスッと身をかがめると、一瞬、触れるだけのキスをして。
驚いたわたしが声を発する間もなく、
体を離すと静かにドアを閉め、スーパーの入口へ、走り去って行った。
わたしはその姿を見送りながら…寒気を感じて、肩口に掛けてもらった彼のジャケットを、胸にかき抱いた。
………☆★
朧げな意識の向こうで、瑠禾の声が聴こえる。
ゆっくりと、意識が戻ってきた。
彼に抱き抱えられ、
何処かへ向かっている…
「ね……カギを……
……どこ……」
夢うつつに耳にした言葉が、
ほどけて、
再び集まり、
ゆるゆると意味を結ぶ。
「カギを……」
目を開けると、ルカに抱き抱えられ、自宅マンションのエントランスロビーにいた。
「…あ……ごめ、ん…」
「謝らなくていいから。
カギ、どこ?」
「んと……」
瑠禾の肩に、わたしのカバンが掛かっていた。
「カギ。自分で取って、開けて?」
と言われ、わたしはカバンに手をつっこみ、瑠禾に抱えられたまま、腕を伸ばして、なんとかキーを差し込むと、ロビーの自動ドアを開けた。
「…もう、降りるよ。
ごめん。重かったでしょう?」
降りようとするわたしを瑠禾は許さず、エレベータに乗り込むと、肘で器用にボタンを押す。
「重くない。
ヒーローにとって、こんなの、重さのうちに入らない」
(この期におよんで…ヒーロー、ですか…)
「……は、はっ…」
わたしが力無く笑うのを見て。
瑠禾はうれしそうに微笑んだ。
………☆★
…結局、わたしは。
部屋のカギを開けるとき以外は、
ベッドに降ろされるまで、抱き抱えられ、瑠禾の胸に顔を埋めたままでいた。
「はい、到着」
丁重に体を降ろされた。
「ありがと……」
「どういたしまして」
瑠禾はベッドの脇に膝まづくと、両腕両肩に引っ掛けていたカバンや買い物袋をトサッと落とした。
買い物袋のひとつをガサガサと開け、
さっきのスーパーから調達したらしい冷却シートを取り出すと、わたしの前髪をかきあげて、額に貼ってくれた。
「お昼、ほとんど食べなかったよね?
いま、お粥作るから…食べて、お薬飲んで?」
わたしを見つめる漆黒の瞳が
優しく細められる。
うれしくて、
涙がこぼれた。
「泣いてる…。苦しいの?」
「ううん…。
うれしい、の…」
親元を離れ、一人暮らしを始めてから最初に風邪をひいた時の事を、思い出していた。
あの時。
さみしくて…
不安で…
布団のなか、声をあげて泣いたっけ。
体が弱ってる時って、
どうしてこんなに、涙もろくなるんだろう?
泣きじゃくるわたしの頭を、
瑠禾はいつまでも撫で続けてくれた。
.