創作物

□瞳の色は
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噂の彼のことは、知っていた。いろいろな話が女の子の間で騒がれていたからだ。それでも私は彼なんかに興味はなかった。
そう、むしろとんでもない男だと敬遠していたのに。



綺麗な金の髪だとまわりから褒められるたびにエルザは、心の中で深くため息をついていた。褒められることは、嫌ではない。しかし、皆が口をそろえていうその言葉に少々飽きているというのが本音だ。
それしか私には褒めるところがないのだろうか。
幼い頃から言われ慣れたせいで、子供っぽいひがみだとわかっていてもどうすることも出来ないままだった。
それ以外はまともな淑女らしい考えを持っていると自分でも思う。
貴族の家に生まれたことをエルザは、一度も悔やんだことはないし、貴族でなければと、自分の出自を憎んだこともない。淑女としての教育を受け、貴族の家に嫁ぎ後継ぎを産む。そういった貴族として当たり前のことを、エルザも当たり前にこなすのだと教えられている。

男爵の娘。金色の見事な髪を持つ年頃の少女。
それがエルザだ。
他に何もない。何も必要ない。
「お似合いですわ。お嬢様」
エルザ付きの使用人、メイサは彼女の髪を結い上げると、その出来栄えに誇らしげだった。
「ありがとう。メイサ」
エルザの言葉にメイサは嬉しそうに顔をほころばせる。エルザは彼女とともに時を過ごすごとに、彼女に尊敬の念を抱かずにはいられない。
「お嬢様。完璧だと思われません?このようにお美しい方は、今夜の夜会にはエルザさましかおられませんわ」
エルザの肩に手を置き、まるで姉のように彼女を見つめる。使用人であるはずのメイサ。しかし、彼女がエルザを妹のように扱うことに、エルザ自身は好ましく思っている。
メイサは完璧に仕事のできる女性だ。彼女がエルザを妹のように思っていてくれるならば、うれしいとエルザは素直にそう思う。
そばに彼女のような女性の存在はとても安心する。
「そんなふうに言うのはメイサだけよ」
にこりとはにかんでエルザの肩にのせるメイサの手に、自分のそれを重ねる。
「エルザさまがそう思われているだけですわ」
エルザの手をきゅと握るとメイサは、外套を手にとり主人の外出に備えた。


今夜は公爵家が主催する夜会。
そのためエルザは、身分相応の衣装を纏い、自身の美しさを最大限に引き出す装いを意識している。それはエルザだけに限ったことではい。
エルザとともに馬車にのる彼女の父もまたきちんとした衣装に身を包んでいる。
「今宵は、おまえにとっては一番おおきな夜会だな」
男爵であるエルザの父は、意味ありげにつぶやいた。その意図を読み取れぬエルザではない。
年頃の娘が社交界に赴くのは、伴侶を見つけだすためだ。何度か夜会に参加したが大きなものほど良き伴侶に出会える可能性がある。
まだ急ぐ歳ではないが、淑女の間での関係づくりも十分大切なことだ。
煌びやかな灯りが目にはいってくると、エルザは身震いした。


「ごきげんよう」
夜会の主催者である公爵夫妻に挨拶をうけ、金の髪の青年は、しなやかに微笑んだ。
「今宵はお招き頂きうれしくおもいます」
夫人の手を取り、完璧な仕草で指先に口づける。
「伯爵。妖精さんには振られてしまったのかしら?」
夫人が悪戯げにささやいた。
「あら、噂をすれば…」淡い黄色のドレスに身を包んだ少女が、キャラメル色の髪を揺らしながら歩いてきた。ドレスのすそに手をかけ、やわらかく挨拶した。
「リディア・カールトンです。お招きいただきありがとうございます」
「ごきげんよう。リディアさんたら、伯爵にエスコートしていただければよかったのに」
「僕はきちんと申し出たんですがね。彼女が僕とこのエントランスを歩くのは困ると」
大げさに髪をかき上げ、横目でうらめしそうにリディアを見つめた。
「あ…あの。その、アシェンバート伯爵は目立つお方なので…」
「ダメよ。きちんと面倒みてもらいなさい。伯爵にはあなたがいてもらわなくては」
くすくす笑いながら夫人はリディアの耳元でそうささやくと、メインホールにはいっていった。
「夫人のいうことには従うべきだよ、リディア」いつもの悪戯な笑顔がリディアに注がれ、そのまま指先に唇を寄せられた。
「エドガー…」



年頃の少女たちがそわそわと会場をみまわしているのは、ただ一人の男性を気にしているからだ。エルザ自身、彼には興味はないが周りの少女たちのそわそわした気持ちが移ってしまったように感じる。
そのとき、きゃと女の子たちが声をあげた。
エルザも少女たちと同様に顔をあげた。
「あ…」
そこにはアシェンバート伯爵と可憐な少女の姿があった。
誰もがその様子に驚いた表情でささやき話を始めた。むろん、今夜のあの少女に関してだ。
エルザは何度か夜会で伯爵を目にしたことがあるが、彼にエスコートされる女性は毎回異なる。
「ねぇ、エルザ。あの娘、学者先生のご息女ですって」
ひそひそと声を落として少女がエルザに声をかけた。
「公爵さまとご交遊のあられる方とか…」
「なるほど、それで伯爵にエスコートを頼まれたのだわ」
次々と話題にして、今夜の黄色のドレスの少女が、ライバルになりえない存在とわかるといつもの静けさに戻っていた。
身分がものをいう世界なのだ。この社交界は。




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