創作物

□移り香
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*白い翼を継ぐ絆、ネタばれを含みます。
それでもという方どうぞ。

















お互いに頭を冷やしたほうがいい!

そう言い残して部屋を後にしたエドガーは、いつもにも増して苛立っていた。未だに信用が得られないのか。疑ったのは自分だ。彼女の言葉は、疑われたことにたいするものだと頭で理解はできる。しかし、今の彼にはそれを穏やかに受け入れるだけの余裕はなかった。
こんなにも心惹かれるのは彼女しかいないというのに…
エドガーはその眩い金の髪をがむしゃらにかきむしった。ふいに鼻孔をくすぐる甘い香り。しかしかぎなれたいつものカモミールではなかった。
くそ!
リディアに言われるまで気づきもしなかった。こんな状況を作り出した原因となった香りに腹が立つと同時に、エドガー自信も心乱されたことに苛立った。
おもむろに、上着を脱ぎ去った。またその下のシャツをも脱ぐとそのすべてを暖炉に投げ込んだ。
「エドガーさま」
レイヴンが少し戸惑ったようにエドガーを見つめた。パチパチと布がやける音が響く。炎に焼かれて消えてしまえばいい、愛しい彼女を傷つけるものすべて。シルヴァンフォードを捨てきれない自分のわだかまりも。
シルヴァンフォードへの執着がいつしかキャスリーンを惹きつけてしまうのだろうか。いや、自分の中にあるそれが彼女を求めてしまっているようで、吐き気がした。

リディア

彼女こそが僕の希望。彼女だけが僕が愛を捧げたい女性。
それなのに、心が一人歩きして、彼女を傷つける。心がもとめるほどに、彼女は離れてしまう。
いやだ、離したくない。すっかり燃え尽きた衣服に目をやると、エドガーは少し救われた気がした。彼の心に残るわだかまりが少し小さくなったように感じたのだ。いっそ消えてしまえばいい、どうすれば…?

リディア

彼女が今の僕をもたらしてくれた。アシェンバートであるエドガーを確かなものにしてくれるのは、やはり彼女しかいないのだ。彼女こそが、エドガー・アシェンバートであるというアイデンティティそのものなのだ。

エドガーは踵を返すと、先ほどは苛立ちと共に閉じた扉を今度は、精一杯の慈しみをこめて開いた。
彼女に疑われたことよりも、いまは自分に腹が立つ。そんな僕を彼女は許してくれるだろうか。
「ごめん、リディア」
涙する彼女が愛しい。こんなにも愛しいのに。
許しがもらえるかどうかの不安をよそに、触れたいという勢いに流されてしまった。
なめらかな髪を執拗に指に絡める。
はやくいつものカモミールの香りに満たされたい。


失いたくないんだ、彼女を。






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