創作物

□『応援』掲載文
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『花嫁修業は薔薇迷宮で』より


薔薇園からなんとか抜け出すことに成功し、リディアは力尽きて倒れてしまった。
慣れないメイドの仕事と、嫌がらせのせいでリディアは体調を崩したばかりだった。それに加えて妖精との取引まで行ったことが、かなりの負担になったのだろう。
妖精と関わるのは、生半可な気持ちでは務まらない。なにしろ人の世界でのルールが何一つ通用しないのだから。
体を起こせば、しゃらりと胸元で音がした。
リガートネックレスだ。
夢うつつにエドガーがリディアの胸元を飾ってくれたのを覚えている。
婚約の贈り物。
リディアは優しくネックレスに触れると、頬が赤く染まるのに気づいた。
エドガーの婚約者としてふさわしくならねばと気をはっていたリディアにとって、紛れもない証を手に入れたことは、彼女をいくばくか安心させてくれた。
ベッドから降りようと、足をおろせばひんやりとした空気にふれ、体が強張る。
キィとノックもなしに扉が開かれれば、リディアは顔をあげてそちらを見つめた。
寝起きのリディアには金の髪は眩しすぎる。
「リディア…もう起きていいの?」
はじめは強張った表情のエドガーは、リディアの様子をみて微笑んだ。
後ろ手で扉が閉められると、二人きりだということを妙に意識してしまう。
エドガーがそばに来るのを感じれば、心臓が飛び跳ねる。
恋人同士の雰囲気は、決して嫌なわけではないが、どうしていいのかわからず困惑してしまう。
「すまなかった。それに…ありがとう」
隣に腰掛けられれば、ベッドが彼の重みで沈みこんだ。その勢いに、リディアは彼の方へもたれ掛かることになる。
コルセットもせずに、化粧着しか守るものがなく、直接彼のぬくもりが伝わってくる。
「あたしこそ…意地張ってごめんなさい」
勇気をだして彼を見上げれば、端正な顔が柔らかくリディアを迎えてくれる。
「もういいんだ。早くロンドンに帰ろう」
そういって額に口づけられる。
リディアが逃げないかと確かめるように、とても優しい手つき。
彼の手のひらがリディアの頬に触れれば、エドガーに足を露わにされたことを思い出す。
リディアのひざをすっぽり包んでしまう大きな手のひら。
「あ…あの、ありがとう、このネックレスは婚約の証ね」
指先で、細かな細工をなぞる。
「気に入ってくれた?」
「えぇ」
リディアの肩を抱くと、エドガーは彼女を膝の上に座らせる。
化粧着の裾がめくれ、リディアは慌てそれを直そうと手をのばすがエドガーに阻まれた。
「あの…」
「言っただろう。僕は君にふれたくて、我慢ばかりだ。婚約を喜んでくれるなら、少しでいいから受けいれてほしい」
「結婚するまで…待つって」
「もちろん。でもこれは別」
これ以上、リディアに反論をさせまいとエドガーは目蓋に口づける。
大人しく体を強張らせるリディアに、エドガーは顔をほころばせずにはいられな
かった。
もっと見たい…。
リディアのすらりとした足に触れる。
普段決して、男性の目にふれてはいけないのに、エドガーはお構いなしになで上げた。
ぎゅとエドガーの上着を握りしめる。
「いや…?」
わかってるくせに。
声もあげられずに、体は震えるばかり。
リディアの動きに合わせて、リガートネックレスがしゃらりと音をたてる。それが余計にエドガーを焚き付ける。
リディアはエドガーに切ない瞳で、触れられるのは嫌なだけか、と問われたことを思い出し、必死で彼に答えようとした。
彼の背中に両腕をまわし、軽く抱きしめた。
どんどん体を侵食するエドガーの指先は、びっくりするくらい熱い。
彼も、きっとリディアと同じなのだ。
互いの肌の感触が、心地よく頭の中をとろけさせる。
恥ずかしさと心地よさで、心が二つに裂けてしまいそうに苦しい。
そう思い始めた頃、ようやくエドガーから解放された。
それでも強張った体はすぐには戻らない。
「僕は君の重荷になりたくはない。本当は花嫁修行など必要ないと思ってた。僕が好きなのは、カールトン家のリディアなんだから。君の助けになることは、なんでもしようと思った結果がこれだ。無理して淑女らしくなろうとしなくていい。それはもう、僕が望んだ君の姿じゃないんだと気づいた」
「エドガー…」
リディアを想うあまり先走った自分をおろかに思う。
今度は、力をこめてエドガーを抱きしめる。
「少し、やせた?」
心配そうな顔でそう告げるが、彼がリディアの体を確認するように抱きしめるので、思わず体を離した。
どうして化粧着でいるのだろう?コルセットも外してしまってる。
「あたし、自分で着替えてないのに…」
「安心して、君に愚かな行いをするようなメイドをつけてはいないから。着替えは、レイヴンに君の荷物を持ってきてもらって僕がしたけどね」
「!?」
「いかがわしいことなんて何もしてない。ただ着替えさせただけだよ。人となりもよくわからないメイドに、君に触れて欲しくなかった」
そうは言っても…。
男性に着替えをさせられうなんて…。
「エドガーのばか!」
そういうとリディアは、シーツにくるまってベッドに逃げ込んだ。
恥ずかしくて、まともに顔を見れない。
足どころじゃなかったのね。
信じられない。





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