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□はじめてのはなし。
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「おやすみなさいませ、乙姫様」

何事もないようにフグ子はそう言った。
私が幼少の頃から何千何万と聞いてきた台詞。
そろそろ色気なり艶めかしさなりを持ち始めた私の精一杯のアピールを目の前にしたにも関わらず、幼い頃から聞いてきたどの台詞とも変わらない声色で言われたのだ。

「……腹立たしいったらないわ」

「えっ」

私の部屋の大きな扉を閉めようとしていた手が止まる。
どうしました、何処か具合の悪いところでもございますか、なんて原因そのものに言われて私はさらに眉を顰めた。

フグ子が部屋の明かりを再度点し、傍に駆け寄ってくる。私は先程態と開けさせた浴衣の合わせ目をそのままに上体を起こした。
何時もは仕舞われている鎖骨より下の肌に、外気が触れて妙な違和感を感じる。

フグ子は依然として表情を変えない。

「……分かってるんでしょ?」

苛立ちを含んだ声で言うと、フグ子はにっこりと笑って答えた。

「分かっていますよ」

それが更に私を苛立たせると知っているのだから本当に良い性格をしていると思う。
それでもそんな所も好きだなんて思えるのだから、恋愛は惚れた方の負けと言う言葉は的を得ている。


「私もそろそろ本気で恋愛出来る歳になったと思うのだけれど。」

私はフグ子の着物の衿をぐいと引き寄せて顔を近付けた。
互いの距離はほんの数センチ。目の前の淡い青色をした瞳を見つめる。しかし真剣な眼差しの私とは正反対にフグ子は余裕の笑みを浮かべた。
いけませんよ、なんて言って、易々と私との距離を戻してしまった。
その余裕が気に食わず膨れていると、

「可愛いですね。」

不意にそう言われ、さらりと下ろしていた髪の毛を撫でられる。その時の少し妖艶さを含んだ笑顔に身構えた。

想像の中で幾つも廻らせたような甘い雰囲気を感じて、肩から浴衣にするりと降りてきた手に小さく反応してしまう。
それに気を良くしたのか、フグ子は少し口角を上げてから降ろした手で浴衣の衿を掴んだ。
冷たくなった肌に暖かな他人の温度を感じた瞬間、少し視界がぼやける。


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