他
□さようなら、それと
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帰りの荷物は行きの比じゃなかった。
気の良い先輩の親戚たちがやれ野菜だのお菓子だのと、お土産をたくさん持たせてくれたからだ。
先輩、と縋るような眼差しを向けると 出し物の荷物は宅配便で送るから大丈夫よと笑ってくれて、心底安心した。
(もうお別れか…)
やたらと大きな陣内家を見上げながらしみじみと思う。庭に出て見上げる程度では全体図は確認できないが、それでも正面からどんと構えている建物と向き合っていた。
「何してんの、お兄さん」
不意に後ろから声をかけられ振り向けば、褐色の肌をした少年が立っている。
「最後だから、ちゃんと見ておこうと思って」
へらりと笑って返せば、佳主馬くんは表情を崩さずにふうん と言いながら僕の隣に立った。
二人で陣内家を見上げる。
いろいろあったね と口を開くと、今年の夏は特別、いつも何かしら騒動があるわけじゃないから、といつもの口調で言われてそうだねと笑った。
「かっこよかったよ、佳主馬くん。」
目線を少年の身長に合わせて下げると、佳主馬くんは未だ家を見上げながらありがと、と呟いた。残念ながら表情は長い前髪のせいで見えない。
僕もまた目線を上へと戻す。
静かな僕らの間には遠くから聞こえる皆の声が響いていた。
「…寂しいなあ」
「え?」
呟くと、動くことのなかった佳主馬くんの視線が初めてこちらへ向けられた。
「皆でご飯食べたり騒いだりって、あんまりしたことなかったから。今日で最後だって思うと寂しくて」
「……」
「最初は知らない人に囲まれて苦手だなあとか思ったりもしたんだけど。…やっぱり人と関わるって嬉しいもんだね。」
なんだか気恥ずかしくなってごまかすように笑ってみると、佳主馬くんからは興味なさ気な声でふうんと返ってきた。
ひと夏の間にずいぶん仲良くなったかも、なんて自惚れてただけにその反応が少し寂しく感じる。
「……来年、」
「え?」
「来年は来ないの?」
じ、と大きな黒目が真っ直ぐこちらに向けられていた。いつも確固たる自分を持っているそれが少し揺らいでいるように見えるのは思い上がりかもしれない。
それでも片隅で罪悪感を覚えた僕は視線を足元にやりうん と答えた。彼の顔は見えない。
「元々彼氏の代役っていう名目で来てるからね。来年からはもうここに来る理由がないから。」
「…そう」
「来たくないわけじゃないんだけど、ほらやっぱり他人の僕が来るのもなんだか変だし」
「……」
沈黙が流れ、僕が言葉に詰まっていると、そろそろ時間だと遠くから先輩に呼ばれた。
簡単に返事をしてから佳主馬くんに向き合う。
「それじゃあ、元気でね。」
「そんなあらたまらなくたって、電話でもメールでも、手段なんていくらでもあるでしょう。」
「はは、そうだね。」
「………」
「ばいばい」
くるりと踵を返し先輩たちの方へ向かう。最後に言った一言はなんだか冷たくて、失敗したかなあ なんて少し後悔した。
ずいぶんましになったとはいえ、とっさに気のきいたことが言えないのは相変わらずだと自嘲する。
不意に肩にかけていた鞄がずれて、定位置に戻した途端、後ろから小さな衝撃があった。
見ると腰の辺りに褐色の手が回っている。
「佳主馬くん…?」
「………」
「どうしたの」
「………、」
「?」
顔を僕の背中に押しつけているため、くぐもった声が聞き取れず、なんて?と聞き返す。
健二くん?と先輩が呼ぶ声が聞こえて、ほらもう行かなきゃと巻きついている手に触れると、褐色から力が抜けた。
するりとそこから抜け出してからしゃがんで向き合う。
「佳主馬くん?」
目線は合わせてくれない。
もしかしたらやっぱり少しは寂しがってくれてるのかな と小さな期待を胸に秘めていると、褐色が目の前いっぱいに広がった。
「え…?」
唇に触ったそれを認識できたのは佳主馬くんが離れてからで、僕には慌てる暇もなく。
混乱した頭でその原因を見やると、少しバツが悪そうに眉をひそめていた。
その目がキッとこちらを捉えたかと思うと、シャツの襟を引かれる。それにより前のめりになった僕の耳元で、佳主馬くんが口を開いた。
どん
と僕を突き飛ばすように離れて行った彼の顔は、褐色の肌でもわかるほど紅くなっていて、僕は思わず尻もちをついた格好のまま笑った。
さようなら、それと
「来年は僕に会いに来ればいいよ」
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初めて健二視点書きました。
なんか難しい……orz
ケンカズってゆうかケン→←←←カズです。
ええ健二さんは何があっても攻めです。僕はがっつり健佳派です。
佳主馬くんがここまで頑張ったのに、帰り間際に来年も来いよ!とか師匠辺りに言われて結局来年も再来年も来ることになっちゃえばいいのに。笑
ここまでお目通しありがとうございました!