□せめて、
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「好きだ」

目の前の元勇者は僕にそう告げる。
いつも自信のなさ気に下がっている眉をきりっと上げて、同様の瞳もしっかりと僕を見て、僕を好きだと、そう言った。


学校の屋上 へ続く階段の三段目。屋上だったら雰囲気も出てドラマティックな告白シーンだったんだろうけど、残念なことに屋上は生徒立ち入り禁止のため一日鍵がかかっている。
それでも人の全く来ない四階の隅は告白に持ってこいだと思うし、窓から射してくる夕焼けでここだけ紅く染まって、これはこれで綺麗。

「美鶴?」

呼ばれてはっと気を取り戻すと、亘は普段の表情に戻ってしまっていた。

「ああ、うん、」

不安そうに伏し目がちに、こちらを見てくる亘から逃げ出したくなった。

(いつもなら、僕は別に好きじゃないって、言えるのにな、)

妙に煩い心臓のせいで、咽から上手く声が出ない。追い打ちをかけるように生まれた焦燥感。僕はTシャツの裾を亘に見られないように掴んで、この場に踏みとどまるのが精一杯だった。

僕が黙り込んでしまったために、沈黙が僕らの間を支配する。夕日の赤を塗り潰すように伸びた亘の影は微動だにしない。僕も動けない。
頼りの裾は長い間握りしめていたため、くたびれてしまっていた。
どきどき煩い心臓の動きを感じながら、決心する。小さく息をのんでから発した声は、最初変に掠れていた。

「っ…、ごめん、」

一言そう言うと、亘の顔が歪んだ。罪悪感が胸を焦がす。でもそれも一瞬で、聞き分けの良い亘はすぐに作り物だと解る笑顔を無理に作ってそっか、と返してきた。

「そうだね、男同士だし、気持ち悪いよね。」

「っ、」

自分から断って亘を傷つけたのに、泣きそうになる自分はずるいと思った。

(気持ち悪くなんんかないのに、)

どうにか涙の溜まった目元だけは見られまいと俯く。明るい茶色が目の前いっぱいに広がって邪魔くさかった。

「僕もいろいろ考えたんだけど、やっぱり美鶴が好きで、」

俯いているため、階段の一番下に立ったままの亘の足だけしか見えない。それでも、未ださっき一瞬だけ見た歪んだ顔をしているのだと声色でわかった。亘は続ける。

「でもそれが、美鶴の迷惑になってるんだよね、…ごめん。もう、こんなこと言わないから」

それだけ言って、亘はくるりと踵を返した。
だんだんと小さくなっていく、階段を降りる足音を聞きながら、追いかけるかどうか迷って結局僕は動かなかった。

「っ、」

足音が完全に聞こえなくなってから、壁伝いにずるりとしゃがみこんだ。
必死に耐えていた涙が、一気に溢れる。
亘を傷つけた罪悪感やら自己嫌悪やら、いろんな感情が一気に襲ってきて、声を抑えるのがやっとだった。

(ごめん亘、)

はらはらと頬を伝う涙の感覚を余所に、心の中で謝罪の言葉を繰り返す。
言えない。

「僕も好きだ、なんて、」

幻界で自分が何をしてきたか、忘れたわけじゃない。たくさんの命を奪って、傷つけて、悲しませた僕に今更幸せになる権利なんてない。
向こうの住人も、動植物も、誰も僕が幸せを手に入れることを許してはくれないだろう。

「だからごめん、亘…、」

僕はお前まで傷つけてしまったけど、だからもう、死ぬまで温もりを受け入れない覚悟は決まった。
涙でぼんやりとした視界を上げると、もう夕日はほとんど沈んでいて、暗い中に僕の影がひっそりと伸びている。
泣き止んでから校舎を出ると、夜空には雲ひとつなくて、星が綺麗に瞬いていた。
肩に掛けた鞄の持ち手を掴む指に力を込める。一歩足を踏み出した途端、幻界で刺した僕の分身が、笑ったのが見えた気がした。







せめて、






(責めて、せめて、君は幸せになって)
























+++++++++++++++++++++
美鶴も基本良い子だから、幻界でやったことに罪悪感感じて、僕は幸せになっちゃいけない、くらい思いつめてたら良いなあとか、
そんな妄想です←
はい、10割妄想です。
ここまでお目通しありがとうございました!







 

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